三鷹市男女平等条例を市民の手で

ICU在学生:新田裕子【CGS News Letter001掲載】

 ICUのある三鷹市では、現在市民が集まり「三鷹市男女平等条例」の試案作りが行われている。2月の会議では、「ドメスティック・バイオレンスの定義と禁止条項の中に『男性から女性への暴力』という文言を明記すべきか否か」が論点となり、二つの意見が鋭く対立した。1つ目は男女間に限らず例えば同性愛者間の暴力も同様に抑止するため、条文中の「男性から女性へ」という文言を削除し、代わりに「親密な関係にあるもの」とすべきという先進的な意見。2つ目はこれに対し、実際の被害者の大部分を占める女性の保護を徹底するため、「男性から女性へ」と明記するべきという意見。確かに性的マイノリティも保護したい。しかし、「男性から女性へ」と明記しないことで、当初対象としていた男性から女性への暴力に対する抑止効果が弱まってしまう。ここに大きなジレンマがある。現在苦しんでいる女性を救うために性的マイノリティを切り捨てていいのか。一部の人権を守るためには他の人々の人権を軽視せざるを得ないのか。私はICUの学生として会議に参加しこの大きな問いにぶつかった。そして今も答えを模索し続けている。

 ICUのある三鷹市では、現在、有志の市民が集まり(三鷹市男女平等条例をつくる市民の会)「男女平等条例」の試案作りを行っています。この条例は、男女が社会の中で平等にその個性を発揮できる社会を目指すもので、セクシュアル・ハラスメントやドメスティック・バイオレンスの禁止を定めています。2月8日に行われた試案作りの会議には大学からもジェンダー法学研究会のメンバー4人が参加し、市民の皆さんと条例の試案に関する議論を行いました。

 今回の会議の論点は、「ドメスティック・バイオレンスの定義と禁止条項の中に、「男性から女性に対する暴力」という文言を明記するか否か」というものでした。条例の第一次試案においては、ドメスティック・バイオレンスの定義は「夫・恋人等の親密な関係(元の関係を含む)において、男性から女性に対する身体的・性的・精神的暴力行為」とその対象を男性から女性へと限定しています。またドメスティック・バイオレンスの禁止を定める条項でも「何人も、夫婦間を含む全ての男女間において、ドメスティック・バイオレンスを行なってはならない」とその対象を男女間に限定しています。今回はこの点に関して二つの意見が鋭く対立いていました。一つ目の意見は、男女間の暴力に限らず同性間カップルの暴力も同様に保護するため、「男性から女性に関する」「すべての男女間において」という文言を削除すべきだという意見です。もうひとつはドメスティック・バイオレンスの被害者の大半である女性の保護を特に強調するため、ドメスティック・バイオレンスの対象者は男女間のカップルに限定し、現在の試案通り条文中に「男性から女性への暴力の禁止」「男女間」と明記するべきという意見です。

 一つ目の意見は、被害者の大半が女性であることを認識しながらも、少数でありながらも存在する同性間カップルの間の暴力の禁止も盛り込みたいと考え、「男性から女性に対する」の部分を「配偶者、その他親密な関係にある者に対して」にするべきではないか、また「夫婦間を含む全ての男女間」を「夫婦間を含む全ての親密な人間関係間」にするべきではないか、と考えています。二つ目の意見はこれに対し、性的マイノリティにも保護の間口を広げることで、現実に最大の問題である夫婦間や元夫婦間の男性から女性への暴力に対する効力が弱まってしまうと批判しています。確かに、歴史的に見てもドメスティック・バイオレンスは男性から女性に対して行われてきたものであり、実際問題となっているケースの大半も男性から女性への暴力です。条文において「男性から女性への暴力の禁止」と明記せずに「親密な関係にある者に対する暴力の禁止」とぼかしてしまうことで、本来対象とする夫婦間の男性から女性に対する暴力の抑止効果が弱まってしまうのです。最も保護を必要としている女性の保護が不十分になってしまう危険性があるのです。女性の問題に長く関わってきた弁護士の方、職場での差別に苦しんでいる方、日ごろからDVの問題に取り組んでいる方は「男性から女性へ」という一言を入れることは絶対に必要であるということを強調しておられました。

 この三鷹市のような地方自治体における男女平等条例は、国の男女共同参画社会基本法の制定を受け、近年全国各地で検討されています。そして三鷹市と同様に、ドメスティック・バイオレンスの禁止は男女間に限定すべきか、ゲイやレズビアンのカップルも含むべきかが議論されています。現状では男女に限定する条例が多いのが現状ですが、中にはゲイ・レズビアンの保護をも謳った条例もあり、それらは激しいバックラッシュを受けています。たとえば都城市で2003年12月に可決された「男女共同参画社会つくり条例」は、ドメスティック・バイオレンスの対象を「何人も配偶者その他親密な関係にある者に対して」と性的マイノリティも含む表現にし、全国から同性愛者が集まる“同性愛解放区”になりかねないというバックラッシュ派からの批判を受けています。

 条例全体として、男女の平等の達成のみを目的とするのか、それ以上に性的マイノリティの保護も目指すのかは大きな課題です。私は今回、当然条例には性的マイノリティの保護も盛り込むべきだという考えを持ち会議に参加しましたが、話し合いが進むにつれ、実際いかに女性が保護を必要としているかを実感し、セクシャルマイノリティに門戸を広げることで条例の効力が弱まってしまうという、難しさを初めて実感しました。一部の人の人権を守ることで他の人の人権が保護されなくなってしまってよいのか。現在苦しんでいる女性を救うために性的マイノリティの人々を切り捨てていいのか。「ひとまずは女性を」と言っていいのか。ゲイやレズビアンの人々は女性よりも苦しみの声をあげることが出来ない、抑圧されている存在だとも言えます。彼らの保護は必要ないのか。わたしはこの大きな問いにぶつかり、今もその答えを模索し続けています。

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