性別変更に関する特例法が7月から施行

ICU在学生:清水雄大【CGS News Letter001掲載】

 昨年、性同一性障害(GID)による戸籍上の性別変更を可能とする特例法が成立、今年7月に施行される。GIDと診断された者のうち、①20歳以上 ②現に婚姻をしていない ③現に子がいない ④生殖腺またはその機能がない、などの要件を全て満たす者が性別変更が可能だとした。社会に無視されてきた当事者にとってこの法律が持つ意味は極めて大きい一方、子供を生んだという過去の事情で将来を縛る酷な規定であるなど問題は多い。現に全ての要件を満たす者は、希望者の4分の1程度に留まる見通しだ。また私たちは、GID当事者たちをそのような立場に追いやる、戸籍で性別を管理するという性差別的制度への批判的な視点を持つ必要がある。

はじめに
 昨年7月10日、性同一性障害による戸籍上の性別記載の変更を可能とする「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が、衆院本会議で与野党全会派一致のもと可決・成立し、現在、公布から1年に当たる今年7月16日の施行を目前にしている。本稿では、まず成立に至る経緯を説明し、続いて本法の概要を説明、その問題点を指摘することにより、性同一性障害者と法や社会との関係性を明らかにしたい。

成立の背景
 性同一性障害(以下、GID)とは一般に、心と体の性が一致しない状態、すなわち、生物学的な性と、性の自己意識(ジェンダーアイデンティティー)が一致しない疾患であると説明される。正確なデータは存在しないが、統計的に我が国には2200人〜7000人ほどの人々がGIDを有しているものとされ、その数は決して少なくない。

 日本では1964年の「ブルーボーイ事件」が表象上の初の性別適合手術(いわゆる「性転換手術」。以下、SRS)とされる。その際に執刀した医師は優生保護法28条違反(1)などで有罪判決を受け(2)、それ以来GIDやSRSが社会的に取り上げられることはなく、闇に葬られていた。ようやく最近になって、日本精神神経学会によるGID治療のガイドラインに基づくSRSが埼玉医科大学で行われ(1998年)、その後人気テレビドラマ「金八先生」でGIDの生徒が描かれたり(2001年)、世田谷区議選でGID当事者である上川あやさんが当選したり(2003年)と、その存在が社会的に認知されてきている段階である。

 しかしながら、GIDを有する者が性自認に従った社会生活を送るに当たって、戸籍を中心とする身分上の性別が変更できないため、生活に支障をきたしているという事実がある。具体的には、身分証明書の提示によってGIDであることが明らかになってしまうおそれから、就職に当たって戸籍謄本を提出できず安定職に就けなかったり、病院で保険証の提示がためらわれ保険医療を受けることができない、旅券に性別記載があるため出入国や渡航先での身分証明が困難、など多岐に及ぶ。そのため当事者や医学界などからは、戸籍上の性別変更を認める必要性が訴えられてきた。

 判例では、GIDによる戸籍上の名の変更が許可されるようになってきているのに対して(3)、性別記載の変更は不許可とされるのがほとんどである(4)。東京高裁平成12年2月9日決定(5) は、通例どおり不許可とした上で、GIDにまつわる問題の所在を認め、性別記載の変更の可否は関連法規や社会のあり方に対する重大な問題提起であり、その解決は立法に委ねられるべきとした(6)。つまり司法からも社会からも、立法による根本的な解決が迫られていたと言えるだろう。

法律の概要
 本法は2条で、性同一性障害者とは、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の診断が一致しているものであると定義した。そしてそのうちの、3条1項の各号に定める要件全てを満たす者について、家庭裁判所は、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができるとした。その要件は下記の通りである。

一. 二十歳以上であること。
二. 現に婚姻をしていないこと
三. 現に子がいないこと。
四. 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五. その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

 この審判を受けたものは、民法その他の規定の適用については、原則として他の性別に変わったものとみなされ(7)、その際の続柄の記載変更の手続きは、原則として新戸籍の編製により行われる(8)。

法律の問題点
 社会的に無視され、法にその存在を認められなかった当事者にとって、この法律の成立が持つ意味は極めて大きい。しかしその一方で問題も山積している。

 特に、先述要件の3号「現に子がいないこと」について、批判が集中している。これは子がいる場合、当事者の性自認の安定性に障害をきたすことや、子の福祉の観点から設けられた要件である。しかし現実として、子どもを持つGID当事者は少なくない。しかも、子どもの有無という要件は過去の事情で将来を縛る酷な規定であり、本人の意思や選択にかかわらない条件をつくるもので、新たな人権問題を生み出すことにもなりかねない、などと指摘されている。また日弁連からも、「子がいる場合には、子の福祉を害しないこと」といったもの改めるべきであるとの意見書が出された。子の有無で一律に排除せずに、子の年齢、親権・監護権の有無、親族の意識や生活状況などを個別に判断して、「子の福祉」を確保すべきである、などとしている。

 また、4号及び5号は、SRSを受けることを事実上の条件としてしまっているが、実際にSRSを施す者は、ホルモン療法を受けている人や、実生活を戸籍の性別とは違う性別で送っている人の中でもごく一部であるという事実がある。SRSを希望するGID当事者は、一説には全体の6割ほどであるらしいが、その中でも、健康保険適用がないため数百万円かかると言われる手術代金を経済的に負担できない人、年齢や健康上の理由で手術が不可能な人、外性器手術に抵抗がある人、などがいて、実際に手術を受ける人はもっと少ない。さらに他の要件についても、未成年者や婚姻をしている者、生物学的に中間的な特徴をもっている者を排除したものだとの批判もある。そしてここは留意しておくべき点であるが、現に全ての要件を満たし、性別取扱い変更の審判を受ける資格がある者は、全GID当事者の4分の1程度に留まる見通しなのである。

 さらに、ジェンダー法学の視点から言えば、戸籍に男女の記載がされるという性差別的制度について論じることを差し置いたままの立法であり、GID当事者たちの現性差別体制への組み込みと見ることもできる。特に本法2条におけるGIDの定義は、性別二元論に基づき、セックスとジェンダーは一致すべきである、といった思想そのものであり、子や婚姻の有無を条件とする点も異性愛主義的ジェンダー規範の表れであると言える。もちろん、当事者たちは明日生活するのにも障害となりうる経済的精神的な困難があり、それに対する早急な対策という意味においては非常に有意義である。しかし私たちは、直接的間接的にGID当事者たちをそのような立場に追いやっている制度への批判的な視点を持つことを忘れてはならないのではないだろうか。

まとめ
 私はこの法律について調べていく過程で、性別によって差別されることのないような法や社会のあり方について考えさせられた。今回の法律はGID当事者の差しせまった状況もあり、早期成立を目標とした妥協の産物であったとも言われるが、それによってGIDに対する社会的関心も高まり、実際に救済される者も確かにいる。しかし先述の通り枠から漏れる当事者もあり、まずは本法の適用の裾野を広げる必要がある(9)。また、行政文書からの性別記載の省略ないし削除、GIDに関する理解の深化策、ホルモン療法やSRS費用の健康保険適用などにつき、検討しなければならないだろう。だかその前提として、そもそも戸籍などで性別を管理せず、社会も性別やジェンダーについて寛容であったら、GIDの人々が憂き目にあうこともなかっただろう。私たちもそのような社会の構成員の一人であることを自覚し、みんなにとってより住み良い社会にしていこうとする気持ちが大切なのだろうと思った。

脚注
(1)現、母体保護法。28条は同法の規定による場合の外、生殖を不能にすることを目的とした手術などを禁じる。
(2)東京地裁昭和44年2月15日判決(判例時報551号26頁)
(3)戸籍上の名の変更の用件について定める戸籍法107条の2は「正当な事由」があれば名の変更ができるとされ、GIDの場合「正当な事由」にあたるとされる。例えば札幌高裁平成3年3月13日決定(家庭裁判月報43巻8号48頁)。
(4)戸籍の訂正に関して定める戸籍法113条の「錯誤も若しくは遺漏」には当たらないとの理由。ただし例外的に認められたケースがあった(東京家裁昭和55年10月28日審判)。これに対し間性(半陰陽、インターセックス)の場合、 出生時の性別判定に「錯誤」ありとして、一般に戸籍上の性別記載の変更が認められている。
(5)判例時報1718号62頁
(6)フランスやスイスなどのように司法的な解決をした国もあり、裁判官としての職責を放棄するものだとの指摘もある(詳細は後掲参考文献、大島参照)
(7)4条1項。但し、4条2項は、審判前に生じた身分関係及び権利義務には影響を及ぼさないと定めている。
(8)改正戸籍法20条の4
(9)附則2項は、施行後3年を目途に、社会環境等の変化に応じて必要な処置が講ぜられるべき旨を定めている。

参考文献・URL
堀井恵里子「性同一性障害 衆院で「特例法」成立 対象者の制限で課題残す」『毎日新聞』2003年7月11日付
日本弁護士連合会「性同一性障害者の法的性別に関する意見書」2003年7月8日
大村敦志「性転換・同性愛と民法(下)」『ジュリスト』1081号61-69頁
大島俊之「民事判例研究 性同一性障害と戸籍訂正」『法律時報』73巻3号114-117頁
「立法の話題 戸籍の性別記載の変更が可能に」『法学セミナー』585号125頁
性同一性障害についての法的整備を求める当事者団体連絡協議会「2003年7月10日国会記者会見発言内容」
TNJ(TSとTGを支える人々の会)「『性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律』の成立に際して」

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