クラウディア・デリヒスさん講演会レポート

ICU在学生 : 小竹茜
【CGS News Letter002掲載】

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5月12日、ICUにおいて、クラウディア・デリヒスさんが「アジアにおける女性のリーダーシップ比較研究」という講演会を行った。

 デリヒスさんは現在ドイツのデュイスブルグ大学で政治学の助教授で、「アジアにおける王族と女性の政治的最高指導者達」という研究プロジェクトに携わっている。ドイツで行われているこのプロジェクトは、アジア10カ国12人の女性政治的リーダーを対象に2003年から2005年まで行われる予定だ。そこで今回の講演では、現在進行中のこのプロジェクトの概要を説明した。

 1時間ほどの大変分かりやすい講演で最も新鮮で興味深いと思ったのは、アジアの女性の政治的リーダー達に着目したデリヒスさんらの視点である。今まで自分は、多くのアジアにおける女性の指導者達の名前を聞いたことがありながらも、それについて特に気に止めたり疑問に思ったりすることはなかった。しかし、デリヒスさんらはここで立ち止まり、「何故アジアで女性のリーダーが多いのか?」という疑問を抱いた。そして、これこそがこの研究への動機となったという。

 デリヒスさんらの研究対象者は以下12名であり、具体名を見ると、女性の政治的指導者がアジアの広い範囲において見られることが分かる。まず、インドネシアのメガワティ大統領、フィリピンのアロヨ大統領、マレーシアのワン・アジザ・イスマイル首相とスリランカのクマラトゥンガ大統領。パキスタンのベナジル・ブット元首相、バングラデシュのハシナ・ワゼド元首相とベグム・カレダ・ジア首相。また、インドのインディラ・ガンジー元首相やソニア・ガンジー元首相、ミャンマー(旧ビルマ)の民主化運動の指導者アウンサンスーチーさんに、韓国における野党の党首朴槿恵。そして、日本の元外務大臣の田中真紀子だ。

 家父長制が強く、女性の社会進出が進んでいないと言われるアジアでなぜこのように女性のリーダーが多いのか。また、アジアと一言で言っても国によって文化や政治システム、経済状況などが全く異なるのに、女性の政治的リーダーがアジア全域で見られるのはどうしてか。アジアの女性の政治的リーダー達は家柄によってその地位を得たと言われるが、家族の中には男性もいたのに何故女性たちが選ばれたのか。デリヒスさんが提示されたこれらの問いは、言われてみれば「確かに」と思わされるとても当を得たもので、また考えてみても理由は分からない、とても興味深いものであった。

 写真や家族構成などを交えてデリヒスさんが説明した上の12人の研究対象の女性達は、アジアの多様性を象徴するかのように皆それぞれ異なるが、全員に共通する点が二つあるという。一つ目は、夫か父が最高指導者もしくはそれに準ずる地位に就いていたという点。それに加えて、父もしくは夫が暗殺(田中真紀子とワン・アジザ・イスマイルの場合は投獄)された点だ。デリヒスさん曰く彼女達は、同じような道筋を辿る。まず、夫か父親の悲劇の「被害者」となり、野党もしくは反体制運動のリーダーとなるか、政権の最高指導者となるのだ。デリヒスさんの言われた「被害者」イメージがいかに強力に働くかを示してくれる最近の日本での例は、小淵優子代議士だろう。父である小淵元首相が在任中に倒れ、亡くなられた後の選挙で優子代議士は立候補した。当選の挨拶で「政治についてはまだまだ何も分からないですが、これから勉強して行きたいと思います」という趣旨のことを言われ、政治に関しては経験不足だったようだが、「被害者」イメージが有効に働くということを知った人達が彼女を担ぎ出し、有権者は彼女に票を投じたのだろう。

 またデリヒスさんは、野党や反体制運動のリーダーとなる際「女性性」が有効に働くこともあると言う。独裁的で冷酷とみなされる男性政権掌握者に対して、女性リーダーの「母のような、皆をケアする」イメージは人々に訴えかけるそうだ。同様に、政権の最高指導者となる際も、平和的で皆をまとめるという「女性性」イメージがうまく作用することがあると言えるそうだ。

 デリヒスさんらは、この研究で女性のリーダーまたその社会についての分析もする予定である。何故女性のリーダーが選ばれたか? 女性の政治リーダーの存在と民主化の進展につながりはあるか? 女性のリーダー達は性差を少なくするために努力しているか?アジアで民主化が遅い理由にジェンダーの理由があるか? などが問いである。デリヒスさんは、これらの問いに対して今までの分析から推測される以下の二点を説明し、講演を終えた。まず一つ目は、アジアに女性の政治的リーダーが多いことに関して、地域ごとにあてはまる理由はあっても、アジア全体にあてはまる理由はないのではないかという点。また、家柄だけでなく政治的なスキルや資源も彼女達がリーダーとして選ばれた大きな要因の一つではないかという点だ。

 このように締めくくられた講演はとても興味深いものであったが、気になる点が二つあった。まず一つは、リサーチ対象者が偏っている点である。デリヒスさんらは、夫か父が政治的リーダーだった女性だけをリサーチ対象としている。たたき上げの女性政治家、日本の例で言うと民主党党首・福島みずほさんのような、政治的なバックグラウンドが何も無い中でリーダーとなった女性は、リサーチ対象者の中に見つからない。プロジェクト名が「アジアにおける王族と女性の政治的最高指導者達」であり、敢えて対象者をそのような女性に絞ったのかもしれないが、その結果分析にかなり偏りが出るのではないかと思われた。また、二点目はプロジェクト途中であったためにリサーチ概要の説明で終り、デリヒスさんらの発見や分析が講演中ほとんど聞けなかった点だ。リサーチクエスチョンはどれも興味深く考えさせられるものであり、発見や分析の報告が無かった分聞いている人達が自分で考えることが出来、講演の後の質疑応答は盛り上がったが、とはいえ私は少し物足りないと感じてしまった。

 デリヒスさんは講演中、このプロジェクトは2005年終了予定だったが1年延ばすかもしれないと言った。現在は現地の姉妹研究機関などと協力し、研究対象者への直接インタビューや関係者へのインタビューを行うなどして研究を進めているそうだ。このプロジェクトが終了し、今回提示された問いに対する分析を出された際には、また是非ICUに来て講演会をして頂きたいと思う。

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