関東学院大学 : 細谷実
【CGS News Letter002掲載】
21世紀に入って、日本のフェミニズムとその主張が取り入れられたジェンダー政策に対するバックラッシュが急速に広がった。まず、2001年までの、運動の成果を確認しておきたい。
日本におけるフェミニズムは、1980年代から、制度化・体制内主流化を目指した。ほとんどの大学で女性学関連の講義が行われ、初等・中等教育においても性差による隠れたカリキュラムの見直しが徐々に進んだ。政府も、国内での運動と国際的世論に押されて、以下のような、いくつかの重要な立法を行った。
1985年:雇用機会均等法
1995年:育児・介護休業法(男女同等の家庭的責任と権利)
1999年:男女共同参画社会基本法
2001年:DV防止法
政府によるこのような法律制定の背景には、20世紀終わりの社会変化による下記のa〜dのようないくつかの問題があり、それらを総合的に解く解決策として男女共同参画の方向での制度改革がスタートしたかに見えた。その基本線は、80年代女性学の中でのコンセンサスである、性別役割の批判と男女の相互乗り入れの推進であった。
a. 女性たちの意識変化
b. 男性疎外状況の激化
c. 少子高齢社会化
d. 男性への家族給システムの崩壊
20世紀末において、以上のような進展があったのだが、そこでも、すでに個別の論点については保守派からのバラバラな攻撃が行われていた。しかし、そうしたバラバラな攻撃が、21世紀になってネートワークされて急速に力を増してきた。それが、今日のバックラッシュである。そのネットワーキングを推進したのが、もともと保守的国粋的な傾向を有する、日本の大新聞の一つである「産経新聞」系メディアであった。
日本における保守的国粋的な人々は、20世紀末には、歴史修正主義者たちが作った歴史教科書を公教育で使用させることに熱中していた。その試みがとりあえず頓挫した時、彼らは、一斉にジェンダー問題に関心を向けるようになった。国粋的な歴史修正主義者たちとジェンダー問題との接点は、フェミニストの松井やより氏他によって精力的に告発された従軍慰安婦問題にあった。そこで、彼らのナショナリズムとジェンダー意識は傷つけられ、強力な反撃を開始するきっかけとなった。
彼らには、以下のようなカテゴリーの人々が属する。新旧の右翼知識人、自民党・民主党等の中の保守政治家、宗教的保守勢力、草の根保守の市民たち。
彼らは、学校でのジェンダー的教育を擁護し、生殖と健康の権利に基づく性教育に反対し、従軍慰安婦制度を擁護し、男女共同参画法の自治体レベルでの条例化を妨害し、男女平等政策への予算を削り、活動的フェミニストに対して個人攻撃を仕掛け、イメージ操作により反フェミニズムキャンペーンを展開している。
現在、日本政府は、アメリカに追随して新自由主義的な政策を推し進めている。その新自由主義と、バックラッシュが拠る国家主義や家族主義や伝統主義は、根本的に矛盾するものである。例えば、新自由主義による家族給システムの解体は、伝統的家族主義には致命傷である。しかし、新自由主義を推進する小泉政権が自民党内の最右翼である森派に支えられているように、両者の関係は単純ではない。
なお、東京都知事の石原慎太郎氏は、元従軍慰安婦を嘘つき呼ばわりしたり、子どもを産めなくなった高齢女性は世の中に不要だとか論じたバックラッシュ派の一人である。しかし、彼の家父長的な振る舞いもその国粋主義的な発言と併せて、現在社会を動かしている50代の男性を中心として広い人気を有している。