改正DV防止法が成立、12月施行へ

ICU在学生 : 清水雄大
【CGS News Letter002掲載】

 ドメスティック・バイオレンス(DV)防止法が、今年の通常国会において全会一致で改正された(5月27日成立、12月に施行の予定)。本稿では、今回の改正のポイントを説明した上で、改正後も残る問題点をジェンダーの視点から論じる。

 ドメスティック・バイオレンス(DV)防止法が、今年の通常国会において全会一致で改正された(5月27日成立、12月に施行の予定)。本稿では、今回の改正のポイントを説明した上で、改正後も残る問題点をジェンダーの視点から論じる。

 一般的にDVとは、「配偶者(主に夫)や恋人など親密な関係にある人からの身体的・精神的・性的・経済的暴力」と定義される。2002年の政府調査によれば、夫や恋人から命の危険を感じるほどの暴力を受けたことがある女性の割合は4.4%にのぼり、およそ20人に1人という高い割合におよぶものの、DVはこれまで長い間「夫婦げんか」「痴話げんか」などとされ、暴力・人権の問題としては捉えられてこなかった。政府も「家族のこと」「個人的なこと」として対策に無頓着であったが、女性に対する暴力を非難する各種国際宣言等の後押しもあり、ようやくDVを女性への人権侵害と位置づけ、社会的・構造的問題であると認めるに至る(1996年「男女共同参画2000年プラン」など)。

 こうして2001年に制定・施行されたDV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律)には、「保護命令」という制度が導入された。保護命令は、身体的暴力を加えた加害者が被害者の身辺に接近することを6ヶ月間禁じる「接近禁止命令」と、同居している加害者に家から2週間の退去を命じる「退去命令」の2つで構成されている。保護命令の違反者には最大で1年の懲役が科される。

 法施行から2003年末までの間に、裁判所に申し立てられた保護命令事件の件数は3,422件。そのうち保護命令が出された件数は2,719件となっており(男女共同参画白書)、数の上では着々と成果を積み上げている一方、現実の被害者の声を反映したものではなく、使いづらいといった声が現場からあがった。具体的には、2週間という退去命令期間の短さ、配偶者(内縁の関係を含む)のみが対象で元配偶者も対象にすべき、子どもも保護対象に、自立支援策の不足、などといった意見である。

改正のポイント

 法律の条文にも施行後3年をめどに見直しがされるものと明記されていたが、その到来を待たず改正が前倒しされた。主な改正点は下記の5点である。

1. 退去命令の期間を2ヶ月間に拡大
 被害者の8割が加害者と同居している(東京都調査)という状況下で、たった2週間の退去命令では、転居および新生活の準備をする上で極端に短く、期間拡大は当然の改正と言える。また同時に、退去命令の再度の申し立ても可能とすることで、より長期間の退去を命じることができることとなった。

2. 離婚した元配偶者も保護命令の申し立てができる
離婚成立後にもDVが止まないという事情を抱える元配偶者も救済対象となった。

3. 接近禁止命令の対象に子どもを含める
 女性被害者の約7割が子どもを抱えており、うち2割を超える子どももまた暴力を受けている(内閣府調査)という実態からして、子どもへの接近禁止命令を可能とすることは、子の福祉はもとより、被害者の「自分を連れ戻すために子どもに何をされるかわからない」「子どもが心配だから逃げられない」などといった不安を解消することにもつながるだろう。

4. 被害者の自立支援を国や自治体の責務とする
 東京都の調査によれば4割以上の女性被害者が暴力から逃げられない理由として「経済的な不安」をあげており、被害者の就業、住居確保を含めた自立を支援することは、DV被害者の救済をより実効的なものとし、今回の改正でも最も重要な項目と言える。

5. 「暴力」の定義に精神的暴力を含める
 身体的暴力に限っていた「暴力」の定義に「心身に有害な影響を及ぼす言動」を含むことによって、「ののしる」「ばかにする」「大声で怒鳴る」「無視する」「殴るふりをして脅す」などといった精神的暴力もDVとして非難されるべきであることが象徴的に明記された。ただし、精神的暴力のみでは保護命令の対象とはならない。

依然残る問題点

 多くの問題点が解消されたかのように見える改正DV防止法であるが、尚も検討すべき課題が残されている。ジェンダーの視点から検証するならば、以下の4点が主な問題点としてあげられる。

問題点1:保護命令の対象となる「暴力」が身体的暴力に限られる
 第一に、精神的暴力をはじめ、性的暴力、経済的暴力を、保護命令の対象とすべきである。今回の改正で、「暴力」の定義に精神的暴力が含まれたものの、保護命令の対象とすることまでは実現しなかった。保護命令が1年以下の懲役などを含む刑罰で担保されていることを考慮すると、外延が不明確な精神的暴力については、保護命令の対象に適さないとの理由からである。

 確かに刑罰を科すためには、その要件を法律により明確に区切る必要がある。しかし、現実のDVを考えるならば、身体的な暴行・傷害と密接に関連して、「脅迫」「暴言・罵倒」をはじめとする精神的暴力や、「性行為の強要」といった性的暴力、「経済的に弱い女性に生活費を渡さない」といった経済的暴力がふるわれるケースが大半であり、そこから発生する恐怖や自己評価の低下こそがDV被害の本質であることを見逃してはならない。事実、内閣府調査によれば、身体的暴力の被害者女性のうち約半数は、性的強要や心理的脅迫といった他の被害も経験している。

 2003年に日弁連が発表したDV防止法の見直しに関する意見書では、保護命令の要件となる「暴力」の範囲を拡大しつつ明確化するために、刑法上の脅迫や名誉毀損、強姦罪などの構成要件を準用し、精神的・性的暴力の一部を含むべきであると提案しているが、これを土台とし議論を深めていくべきだろう。

問題点2:自立支援の内容が不透明
 第二に、自立支援策が十分かどうか懸念される。DVとは、主に経済的立場が弱い女性につけ込んでふるわれる構造的な暴力に他ならない。国や自治体が、男女の賃金格差や就業差別をなくし、夫婦や親密な関係における真の男女平等を推進する政策をとらなければ、DVが根本的に解消することはないだろう。

 改正により、DV被害者の自立支援は国と自治体の責務となり、自治体は就業促進や住宅確保に関する情報提供や助言を請け負うこととなった。しかし具体的な内容に関しては各自治体に一任されている。各自治体は、生活資金の無利子貸し付けや、公営住宅の優先入居、無料のカウンセリングなどによる精神的サポートの実施などにつき検討すべきであろう。

 また、今回の改正では、民間団体との連携も努力義務として記されている。2001年のDV防止法施行以後、被害者が相談窓口に訪れた際、担当者の心ない対応によりさらに被害者の心を傷つけてしまう「二次被害」が問題となってきた。これは、DVが人権侵害であるとの認識が不足しているために、被害者が哀れな存在として低く見られることで起こっている。各自治体は、「二次被害」の防止はもちろんのこと、経験豊富な民間のシェルターや支援グループと協働し、真摯に被害者支援にあたらなくてはならない。

問題点3:子どもの保護・育児支援という視点の欠如
 第三に、子どもの保護や育児支援という視点に欠けている。改正では、被害者と同居する未成年の子どもへの接近を禁止する対象に追加した。子どもを理由にDVから逃げられなかった被害者にとっては、これを機に加害者から逃げ出す勇気がでるかもしれない。しかし、子の保護命令は、必ずしも母親の保護命令と一緒に出るわけではなく、加害者が子どもを連れ戻そうとしたり、子どもとの面会を手段に被害者と接触しようとしたりという事情のもとでのみ認められるもので、その効果は限定的である。子の福祉という観点から、加害者の親権・監護権の制限についても検討しなければならないだろう。

 また、東京都の調査によれば、暴力から逃げられない理由として、1位の経済的な不安に次いで、「子どものためにひとり親にしたくない(41.7%)」、「子どもを転校・転園させたくない(21.2%)」が2位、3位となっている。ひとり親であったとしても育児しやすいような社会保障制度の充実や、いわゆる「待機児童」の問題が深刻な幼稚園、保育園、学童保育の状況改善といった施策は、DV被害の救済という観点からも非常に重要であると言える。同時に、「子どもがひとり親だとかわいそう」「就学や就職で不利」などという一種のジェンダーバイアス・差別を、社会からなくしていくことも欠かせない。

問題点4:保護の対象が婚姻関係に限られる
 最後に、本法の保護の対象となるのは現在又は元婚姻関係(事実婚を含む)にある配偶者のみであることを問題点としてあげておきたい。今回の改正によって、現配偶者のみならず、離婚後の元配偶者による暴力も保護の対象となったが、依然として、事実婚の要件を満たさない恋人関係の男女、そして同性カップルなどのセクシュアル・マイノリティ(性的少数者)は、婚姻・事実婚という制度の枠から漏れているため、保護されないままである。

 内閣府の調査によれば、DVの加害者との関係の割合は、夫婦・元夫婦に次いで恋人および元恋人が15%以上を占めている。恋人間の暴力もまた夫婦関係におけるそれと同様、「痴話げんか」などとされて、周囲の人や家族、ましてや警察などにはなかなか告げがたく、被害の暗数は計り知れない。数字で出ているDVのうちでも15%以上が恋人間で発生しているという事実を重く受け止め、法の適用範囲を拡大していかなければならない。

 そしてそれと同じ構造は、社会的・法的にその存在が認知、理解されていない同性カップルなどのセクシュアル・マイノリティたちにもあてはまる。それどころか、自らの親密な関係性の存在すらなかなか周囲の人に言うことをためらわれる彼らが、警察などの公的機関に相談することは、さらに困難を極めることと言えよう。このため、親密な関係性という名の下での、より深刻な暴力被害・人権侵害が発生しているものと想像できる。DV法の救済の範囲に彼らを含めること、また事実婚の拡大解釈や同性婚の法制化による同性カップルの法的承認など、セクシュアル・マイノリティを法的に保護するための幅広い議論と有効な対策が求められる。

おわりに

 DVの本質は、家族や恋人といった親密な関係において(言い換えれば家庭内領域で)ふるわれる暴力であるという点にある。また近年次々と明るみに出ている家庭での児童虐待事件も、家庭内で行われるという共通性を持つ。街の路上で、あるいは電車の中でそのような暴力的行為をふるったとしたら、警察や周囲の人にすぐにでも取り押さえられるだろう。ところがその行為が家庭の中で行われると、誰からも咎められない、いわば無法状態となってしまうのはなぜなのだろうか?やはり、家庭が社会からあまりにも切り離されてきた結果起きている問題のように思える。"the personal is political"(個人的な事柄は政治的な事柄である)という言葉を改めて思い出しつつ、今後私たちは、家庭・家族・親密な関係について考えていかなければならない。

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