人身売買「監視対象国」日本の対応

ICU学部 : 清水雄大
【CGS News Letter003掲載】

 母国で貧しさに窮している女性を日本でいい仕事があるなどと言葉巧みに誘い、運び屋が偽造パスポートなどを駆使し日本に移送。暴力団などに監禁された後、風俗店などに売り渡され、移送料などの名目で平均300〜500万円の借金を背負わされる。被害者はどのくらい返済したのかも知らされることなく、別の店へ次々と「転売」され、性労働を強制され続ける-----米国務省が2月に発表した人権状況に関する2005年度国別年次報告書は、日本におけるトラフィッキング(人身売買)の深刻さを浮き彫りにした。

 報告書は、タイ、フィリピンをはじめとする東南アジアや、東欧、南米など世界中の女性や子どもが、性的搾取や強制労働の目的で日本に「密輸」されていると指摘している。正確な統計はないものの、一説によると、その被害者数は年間20万人にも上るという。また、報告書は、その人権侵害の深刻さに比して日本政府の対応は十分ではないと批判。当局は、保護すべき対象であるはずの人身売買の被害者を、「不法」な入国者だとして逮捕・強制送還する対応に始終しているという。母国で貧困に喘ぎ、日本で性産業の雇い主に搾取されたあげく、日本政府や日本人に冷たくあしらわれる被害者は、まさに四面楚歌の状況である。

 国際社会では、2000年に「人の密輸議定書」を含む「国際組織犯罪防止条約」が国連総会で採択されるなど、反・人身売買の潮流が生まれているが、日本はその条約に署名こそしたものの未だ批准していない。また、人身売買防止のための法整備や被害者保護の状況に関する昨年6月の米国務省報告において、日本は、G7の中では唯一の「分類2」(3段階中の2番目)に指定されるばかりか、その中でも「分類3」に転落する危険性のある「監視対象国」42カ国中の一国とされている。「分類3」は、人身売買防止・被害者保護の基準を満たす努力すらしていないため米国による経済制裁の対象となり得るというような分類であり、北朝鮮やキューバなどわずか10カ国が指定されるのみである。

 このような国際社会からの非難を受け、日本政府は、労働基準法や出入国管理法などの現行法の運用を強化したり、被害者をすぐには強制送還しないという方針を打ち出したり、「人身売買罪」を新設する刑法改正案を今国会に提出したりするなど、ようやく重い腰をあげ始めた。これらの対策を進めることで国際社会の要望に答え、上記条約の早期批准・発効を目指すことがまず必要である。

 しかし、日本の人身売買の深刻さの根本原因は、移民政策および経済体系の二重性にあるように思える。すなわち、表面上は外国人労働者の移民を厳しく制限しているにもかかわらず、実際には、「不法」滞在の外国人がいわゆる3K労働を担う最底辺とも言うべき階層を構成し、日本経済を支えているという矛盾である。その二重性がより多くの「不法」な労働者を欲するため、それを介在することで利益を得ようとする犯罪集団が発生し、人身売買による強制労働・性的搾取の憂き目にあう被害者が生まれているというのが実態ではないだろうか。

 私自身もわが国の人身売買の実情を今まで認識しておらず、調べてみてまさかこんな非人道的なことが今も起こっているのかと愕然としたものであるが、それと同様に、人身売買の被害や外国人の不当な労働環境などの現状は、日本国民に認識されていないものと推測される。近年の人口変動や社会環境などの状況から見れば、日本の経済体系から移民を全て排除するということは不可能な選択肢であるというのが通説となっており、まずは、外国人労働者の過酷な現状をよく見つめ、その上で共生の道を探るべきではないだろうか。

 もちろんその過程で、ジェンダーの視点から、女性が性産業への従事を強いられるという社会構造の見直しも欠かせないということは言うまでもない。昨年12月に行われたジェンダー法学会でも人身売買はトピックとして取り上げられ、熱い議論が交わされたが、今後も議論を深めていく必要があるだろう。

月別 アーカイブ