報告:アジア太平洋HIV会議&アジアクィア学会

首都大学大学院 : 大河原麻衣
【CGS NewsLetter 004掲載】

 2005年7月、神戸にて第七回アジア・太平洋地域エイズ国際会議(7th International Congress on AIDS in Asia and the Pacific, 通称、神戸会議)が、タイのバンコクにて第一回アジア・クィア国際会議(1st International Conference of Asian Queer Studies, 通称、クィア学会)が開催された。神戸会議は7月1〜5日にかけて開催され、エイズに関わる研究者・NPO・当事者らが各国から集まり、様々な報告・講演・ワークショップなどが行われた。クィア学会は7月7〜9日にかけて開催され、クィア・スタディーズに関わるセクシュアリティ研究者・活動家らによる講演・研究報告がなされた。両会議とも、アジア圏におけるジェンダー・セクシュアリティ研究にとって欠かせない重要な意義をもつ会議であったといえる。

 5日間に及んで開催された神戸会議は、1994年の横浜会議(注1)に引き続き、日本で行われる2回目のエイズ会議である。この会議の特色は何より、セブンシスターズと呼ばれるアジアの7つのネットワークが中核となることによって、各コミュニティの声を反映することが積極的に試みられている点である。セブンシスターズは、ドラッグユーザー(AHRN, アジア・ハームリダクション・ネットワーク)、セックスワーカー(APNSW, アジア太平洋セックスワーカー・ネットワーク)、医療従事者・研究者(ASAP, アジア・太平洋エイズ学会)、患者・感染者(APN+, アジア太平洋HIV陽性者ネットワーク)、移動労働者(CARAM-Asia, エイズと人口移動に関する行動調査調整機構)、セクシュアル・マイノリティ(AP-Rainbow, アジア太平洋レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー・ネットワーク)、エイズ関連NGO(APCASO, アジア太平洋エイズ・サービス組織評議会)のそれぞれのネットワークによって構成されている。これだけのコミュニティが参加し、現場の声を汲み取る努力がなされる会議は他になかなかないのではないだろうか。参加者も国内外から4000名以上を越えた。

 私はこのエイズ会議に、APNSWに所属する日本の団体であるSWASH(Sex Work And Sexual Health, スウォッシュ。注2)のサポーターとして参加した。SWASHはセックスワーカーといわれる性風俗産業に従事する人々が安心して安全に働くことが可能になるようサポートしている団体であり、これまで特にHIVを含む性感染症の予防や性に関わる健康面に焦点を当てて活動してきた。当事者とサポーターによって構成され、神戸会議ではセックスワーカー当事者が参加するための窓口となった。横浜会議ではこのような団体が存在せず、当事者が個人的に参加することしかできなかったことを考えれば大きな進歩である。

 会議初日にはコミュニティ・フォーラムが開かれ、フォーラムの後には各コミュニティからの要望が発表された。同じ当事者/サポーターのグループであっても、各国の置かれている状況は当たり前だがそれぞれ違う。それぞれの国の状況や何が必要で何が問題なのかといったことがコミュニティごとに共有された。また、スキルズビルディングと呼ばれるワークショップも多数行われた。例えばセックスワーカーに関するものでは、当事者のプライバシーを守りながら主張を伝えていくために、バービー人形を使って作業するセッションや、どのようなセックスワーカーや客が良いのか悪いのかというイメージを皆で一言ずつ紙に書いて張り出し検討していくセッションなど、楽しみながら経験や技法をシェアしていくことのできるワークショップが開かれた。他にも、会議では文化プログラムとしてダンスや歌のショー、ファッション・ショー等も積極的に行われた。これは単なる会議中の息抜きというわけではない。当事者の中には英語ができない者も多く、そのような人々を積極的に巻き込むための重要なプログラムであるという。

 この会議中に一番印象深かったのは、私が手伝ったセックスワーカー・グループから、ブッシュ政権の現在の政策を第二のグローバル・ギャグ・ルール(注3)だとして各国の当事者・サポーターグループから抗議がなされたことである。アメリカ政府がは2004年、「HIV/AIDS・結核・マラリア対策におけるリーダーシップ法」に資金使途の制限を設定した。売春および人身売買へ反対することを求める条項が追加されたのである。この政策は、活動資金の困難を引き起こすだけではない。セックスワークを最終的に肯定するにせよしないにせよ、目の前で苦しむ人々を助けるという点では手を繋ぐことが可能であった諸団体の間に対立を引き起こし、ネットワークを引き裂くものである。さらにそれだけではなく、この政策の圧力により、無実の武器を持たない女性が逮捕されたり嫌がらせを受けるなどの影響が各国に広まっているとの主張がなされた。

 バンコクで初めて開催されたクィア学会は、600名近い参加者を迎え、沢山の研究報告が行われた。報告だけでなく、華やかなオープニング・レセプションやオプショナル・ツアーなども交えて盛り上がった。アジア太平洋地域においてセクシュアリティに関わる初の学会ということで、前述の神戸会議やその他の国際会議にはさまれた条件の悪い日程ながら、充実した3日間だったように思う。私と同じように、神戸会議から梯子してきた人々も何人か見受けられた。

 初めての試みにして、またこれまでにも様々に議論されてきているクィアという名を敢えて冠した学会ということで、随所で欧米のクィア概念とアジアにおけるクィア概念との差異についてが意識されているようだった。クィアは輸入されたものなのか、アジア独自のクィアが存在するのか。アジア独自のクィアがあったとしても、グローバリゼーションの中でローカルなものであり続けることはできない。そのような中でどのような活動が可能なのか、といったことである。

 日本関連の研究が報告された全ての部会に参加することは不可能であったが、日本の女性に関する部会が非常に盛り上がりを見せていた。日本のゲイ・スタディーズに関する部会が日本人研究者と海外からの日本研究の研究者で占められ、時には日本語で部会が進行するほどであったことと対照的である。だがどちらの部会も興味深いものが多く、日本の現状をいかに海外に向けてアピールするのか、いかに振り向いてもらえるようにするかなどもこれからの課題となるだろう。また、研究報告だけではなく研究者同士の交流も活発に行われていた。国際的な交流だけではなく、日本人研究者・日本研究者同士の交流も重要なものであったと思う。日本ではセクシュアリティ関連の研究者が絶対数として多くなく、国内さえこのように一堂に会する機会を持っていない。このようなネットワークの形成は、今後の日本国内でのセクシュアリティ研究の充実に役立つことだろう。というよりも、国内にこのような場がほぼ存在しないことに改めて気づかされた。

 会議中、学会の開催国であるタイの当事者団体がコーディネートしたツアーやパーティーがいくつか行われた。ゴーゴー・バーやニュー・ハーフ・ショーのあるクラブを巡るナイトツアーや、レズビアンの集まるクラブを訪れるガールズツアー、フェアウェルパーティーなどである。学会参加者らが開放的と謳われるバンコクの夜を堪能する良い機会であった。

 今回出席した両会議は、国際会議の中でもアジア・太平洋圏に焦点を当てた地域会議であった。この双方に参加し、共通して感じたのは、欧米とは違うアジア太平洋地域における独自の支援・ネットワーク・研究活動の重要性である。と同時に、アジア太平洋地域内部における差異への着目・配慮の重要性である。ネパールのHIV/AIDS予防及び人権保護団体Blue Diamond Societyから、エグゼクティブディレクターのSunil Babu Pant氏が、神戸会議・クィア学会双方に参加していた。特に神戸会議での氏の報告では、セックスワーカーやゲイ、レズビアン、トランスジェンダーの人々に対する警察による日常的な暴力行為、リンチやとりわけMSMに対するレイプ事件について切実な訴えがなされていた。カンボジアなどのようにセックスワークが非犯罪化されている国もあれば、日本のように曖昧な状況に置かれている国もあれば、ネパールのように酷い状況に置かれている国もある。かといって、非犯罪化されている国に問題がないかといえば勿論そうではない。目に見える日常的な暴力被害がなくとも、解決しなければならない問題は存在する。各国ごとに取り組まなければならないことは多い。だが、グローバリゼーションの進展する中で、アジアというキーワードの元に集まりネットワークを築くこと、お互いの状況を知り、必要とあれば手を差し伸べることの重要性は確実に高まっている。リアリティや情報を共有する機会としてこれらの会議は非常に大切な役目を果たしていることは間違いない。次回のエイズ会議の地域会議は2007年、スリランカのコロンボで開かれる。次回のクィア学会の開催日程・場所はまだ決まっていない。このような機会が継続し、積極的に利用されていくことを切に願う。


注1
エイズ会議は、1990年以降、地域ごとの流行状況の違い、地域に根ざした取り組みの重要性などから、国際会議と地域会議が1年おきに開催されている。神戸会議は地域会議であるが、横浜会議は国際会議であった。

注2
SWASHの神戸会議報告のページは、http://homepage2.nifty.com/swash/
SWASHのメールアドレスは、swash@kitty.jp

注3
グローバル・ギャグ・ルールとは、2001年にブッシュ政権が復活させたリプロダクティブ・ヘルス/ライツに関わる活動に対する、アメリカの海外援助政策についての通称である。中絶に関わる活動を行うNGOへの支援を停止するものであり、ギャグ(口枷)をはめさせるかのように国際的な口封じを行う政策である。もともと1984年にレーガン政権の実施した政策に端を発する。

水島希「セックスワーカーの労働条件としてのHIV感染予防」『季刊ピープルズ・プラン』Vol.31,pp95-101,ピープルズ・プラン研究所,2005なども参照のこと。

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