ジェンダーバッシング概要

ICU大学院 : 平野遼
【CGS News Letter005掲載】【ペーパー版と同一の文章を掲載】

 昨今の日本では、「ジェンダーフリー」という言葉が、政治、教育といった領域でバッシングの対象となっている。「ジェンダーフリー」という言葉自体はおおよそ「社会的性差(ジェンダー)の押し付けから自由(フリー)になる」という意味合いで用いられている和製英語である。この言葉を巡って最初に議論が起こったのは、性教育に関する議論の中でのことだった。日本の性教育現場において、「ジェンダーフリー」という言葉は非常に多く用いられてきた。しかし近年「ジェンダーフリー」に基づいた性教育は過激であり、伝統的な価値観を壊すとの批判が多くおこっている。例えば、2005年山谷えり子参議院議員が参院予算委員会の中で性教育の問題を取り上げたことなどは記憶に新しい。当時の男女共同参画担当相でもある細田官房長官は「社会的・文化的性差 の解消」という意味合いにおいてジェンダーフリーという言葉を「政府は使っていないし、社会的に定義を示すことはできない。できるだけ使わないことが望ましい」と述べた。しかしこの発言の前に細田官房長官は「社会的・文化的性差の解消」という意味合い以外での「ジェンダー・フリー」の使用は自由であると述べたことはバッシング派には黙殺されている。このような経緯で「ジェンダーフリー」という語の使用への牽制は、1996年に国が制定した「男女共同参画基本法」を巡る議論にも遡及的に影響を及ぼすようになったのである。

2005年夏の衆議院総選挙まで自民党が組織していた「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」(現内閣官房長官安倍晋三氏が座長。山谷えり子氏も参加)は「ジェンダーフリー」という言葉そのものの使用をやめることのみならず、「ジェンダー」という言葉そのものについても「語の定義が曖昧である」ことを理由に正式な文書での使用を行わないように政府に求めている。

しかし、2005年の総選挙で当選した猪口邦子衆議院議員が内閣特命担当大臣(少子化・男女共同参画)に就任したことにより政権内の流れが変わったことも同時に注目すべき点である。この動きを受けて猪口邦子議員・佐藤ゆかり議員・片山さつき議員の三人が海外特派員クラブでの会見で「私たちがジェンダーバッシングを許さない」と明言しており更なる変化が期待される。しかしその一方で、猪口大臣の大臣政務官に上述の山谷えり子参議院議員が就任しており、両者の対立が予想されるのも事実である。現在のところは意外にも猪口氏の意向をくむ形で議論は進んでいる模様だが、山谷氏も持論を曲げる様子はなく、今後も、ジェンダーフリーの概念を男女共同参画基本法の基本計画に盛り込むか否かという問題を巡っての議論が活発に展開されることが予想される。

このように現在、「ジェンダーフリー」という言葉を巡って、政府・ 国会周辺では男女共同参画法と性教育の問題を中心に議論が進められているといっていいだろう。2005年12月22日の時点で内閣府は、「ジェンダー」を「社会通念や慣習の中には、社会によって作り上げられた『男性像』『女性像』があり、このような男性、女性の別」と定義し「性差別、性別による固定的役割分担、偏見等につながっている場合もある」 とする一方で、「性差を否定したり、男らしさ、女らしさや男女の区別をなくして人間の中性化を目指すこと、また、家族やひな祭り等の伝統文化を否定することは、国民が求める男女共同参画社会とは異なる」ともしている。いわばどちらの陣営にも配慮した説明だが、この膠着状態がこの先どうなるのか、一度議論の俎上にあがったジェンダーフリーバッシングの流れは今後も続くのか、注意深く見守りたい。

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