公序良俗に負けなかった女たち

國學院大學法科大学院 : 田口辰徳
【CGS News Letter005掲載】

【要約】
 2005年10月21日、CGS・就職相談室の共催による講演会「公序良俗に負けなかった女たち」が行われた。講演者は、住友電工男女賃金差別裁判の元原告の一人である西村かつみさんと、同元弁護団長の宮地光子弁護士。同裁判の内容はNL001号でお伝えした通りだが(HP上でも公開中)、今回の講演会では、日本における雇用の実態について知ることができた。
 現在、雇用における問題の中心は間接差別だ。その代表的な例が、女性に対するものである。主に女性が占めていた一般職の採用は減る一方であるのに対し、総合職における女性の割合は未だに1割程度といわれている。これは事実上、女性を正規雇用の仕事の現場から排除しているといえるのではないか。
 また、パートタイムや派遣など、正社員とほとんど変わらない仕事をしているのに、賃金は大幅に低い状態にあるような雇用形態も問題である。とりわけ、現在パートタイム労働者・派遣労働者の実に7割近くが女性である。未だに女性が多くの家事・育児労働を担っている状況下において、女性がパートタイム労働や派遣労働を選択せざるを得ないという社会的問題を忘れてはならない(平成14年版及び15年版「働く女性の実情」)。
 今年、均等法は改定される予定だ。いま、そこに間接差別の禁止が盛り込まれることが強く望まれている。もし実現すれば、雇用における問題は大きく改善されるはずだ。今回の講演者の二人も、そのような実効力のある均等法にするため日々活動している。

【全文】
 2005年10月21日、CGSと就職相談室の共催による講演会が行われた。講演者は、住友電工男女賃金差別裁判(HP上で公開中)の元原告のひとりである西村かつみさんと、同元弁護団長の宮地光子弁護士の両名。講演会のタイトルは「公序良俗に負けなかった女たち」。その名の通り、既存の社会通念に立ち向かい勝利した女性たちの話だ。

 西村さんらは、1960年代に住友電工に「事務職」(いわゆる一般職)として採用された女性たちだ。当時「事務職」には主に女性と高卒男子が採用されていた。しかし、男性社員は一定年の経験と転換試験を経て、次々と「総合職」へとコース転換をしていくのに対し、彼女たちは転換試験の機会さえ与えられず、また賃金格差は最高で月額20万円にものぼった。彼女たちはそのような男女の取扱いの違いに疑問を抱き、どうにかして改善したいと考えた。

 はじめは労働組合に相談に行ったが、当時は女性従業員と言えば「嫁入り前の大事なお嬢さんを預かっているんだ」というように、依然として社会に性別役割分担意識が根強く残っていたこともあり、全く取り合ってもらえなかった。頼みの綱であった労働組合からも協力を得られず、一度は「これまでか」と思われた。
 
 しかし、彼女たちは諦めなかった。1994年、国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)にて日本政府の国別レポート審議があった。そこで、彼女たちは審議の傍聴と、国連に日本の雇用における女性差別について訴えるため、意を決し海を渡った。またこのとき、国連に出向くことをマスコミに公表し、自分たちの想いと行動を世間に知らせたことは、その後の活動に大きな意味を持った。
 
 日本に戻るとすぐに、彼女たちは均等法に基づき当時の労働省婦人少年室に格差是正の調停を申請した。しかし、当時の均等法下では、教育・訓練、福利厚生、定年・退職・解雇における差別は明確に禁止されていたが、募集・採用、配置・昇進における差別の是正は「努力義務」にすぎず、彼女たちは門前払いされた(なお、この調停という制度は、会社側が応じなければ開かれることはないという性質ももっていたため、たとえ調停の開始が決定されても、会社側は自らに不利な調停には応じなかっただろう。実際、会社側が応じなかったことで、当時はほとんどの調停が開かれなかった)。
 
 そして95年8月、労働組合にも行政にも取り合ってもらえなかった彼女たちは、司法という手段で会社に立ち向かうため、ワーキング・ウィメンズ・ネットワーク(WWN)を結成し、提訴に至った。その後、一審で「公序良俗」という社会通念の前に大敗するも、彼女たちは、持ち前のその力強さと、共に闘う仲間たちの存在をバネに控訴し、二審では、差額給与はもちろん昇進をも含む歴史的和解を勝ち取ったのである。

 彼女たちの奮闘から教えられたもの——それは、働くこととは何なのかを考えることの大切さであった。果たして自分の想い描く「仕事」には、わたしがわたしらしく生きるにあたって、問題点はないのだろうか。説明会に行くことやOB・OG訪問することも大切かもしれない、ノルマを達成することが重要かもしれない、しかしそれだけでは見えてこない現実が存在することも確かなようだ。今回の住友電工事件でも、彼女たちははじめから差別を認識していたわけではない、実際に働いてから、男女の賃金格差という現実を突きつけられた。
 
 また、考える上で重要な要素も教わった——それは、「気づく」ことである。冷静に社会を見つめれば見えてくる、男女の賃金格差、長時間にわたる残業、非正社員という雇用形態…。これらは当然なのか、いや「当然」として受け入れてよいものか。少なくとも何も考えずに受け入れてしまうことは危険だ。会社や社会の論理が正しいとは限らないし、もしかしたら、性差別など不当な差別に基づいているかもしれない。気づかなければ何も変わらない、だからこそ、自分自身で社会の見えない部分を探し出さなければならない。その探し出した現実を社会に対して問いただすことができたなら、きっと社会の暗部を改善することに繋がるだろう。
 
 そして、諦めないことも重要だと思った。彼女たちが勝利したのは、諦めずに闘い続けた結果だった。会社や社会を相手に闘うときには、きっと途中で諦めたくなることがあるだろう、しかし彼女たちは、世間と、共に闘う仲間に励まされ、最後まで諦めなかった。
 
 実は私も、講演会と時期を同じくして、就業規則をめぐってアルバイト先の会社と争っていた。訴訟には至らなかったものの、解決には半年を費やすような、一アルバイト社員にとって心労が絶えないものだった。労働組合に加入していないし、共に闘う仲間もおらず、たった一人で心細かったが、そんなとき今回の講演を聴いて、私は彼女たちの言葉に非常に勇気づけられ、諦めずに闘い続けることができた。その結果、長い議論を経て、ついに私の主張に沿った方向で就業規則が運営されることになったのである。

 住友電工事件は画期的和解をもって終わった。しかし、直接的な性差別が禁止された現在であっても、女性を取り巻く労働問題は無くなったわけではない。彼女たちは今も、近く改定される均等法に間接差別禁止が明記されることを求め、社会に訴え続けている。これは一般労働者はもちろん、私のようなアルバイト社員、あるいは現在就職活動をしている学生にとっても大きく関係してくるものであり、一人一人が考えていかなければならない重要な問題であることは間違いない。
 
 「公序良俗」という名の「常識」を問い直し続けること——これこそ、よりよい社会を実現するために必要な態度なのだろう。

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