日本の女性の労働力問題

女性ユニオン執行委員:伊藤みどり【CGS NewsLetter 006関連記事】

1)はじめに
 私は、1995年に個人加入できる女性のための労働組合・女性ユニオン東京を結成した。この年は、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件と現在の日本を予想させるような不安な事件が起きた年である。女性ユニオン東京という女性が中心の労働組合の必要性が議論され作られたのも、こうした時代背景があった。
 しかし、ユニオンの結成時には、主たる相談者は中高年の正社員女性で、賃金の高い女性たちのリストラが始まった時期にあたる。
今から思えば、日本の雇用環境が転換した年であった。その年に日経連が『新時代の「日本的経営」』を出版した。今年5月から7月、私は、香港のフェミニスト、メイベル・オーさんと共に日本全国を歩いて女性労働者の現状調査を行った。その時にも、「職場の変化はいつごろからですか?」という質問に、誰もが「10年前位から」と答え、「そのころから企業は正社員を雇用しなくなり、その代わりに派遣やパートなど非正規の社員を雇用するという変化がおきていた」という共通した回答だった。新時代の日本的経営戦略こそ国際競争に打ち勝つために「労働力は商品だ」と明確に定義し、非正規雇用を増大させていく戦略であった。その結果、厚生労働省の調査でも女性の非正規雇用労働者は52.5%(2005年)と過半数を超え、フリーター統計からはずされた主婦を含めれば、実態は70%を越える女性たちが非正規雇用化した。

2)均等法制定20年、男女平等は進んだのか?
 この20年間、男女間、女女間、非正規・正規の雇用形態間と格差は拡大し、貧困の女性化(女性が伝統的な男性職種に進出することで、さらに男性の賃金も女性並みに下がること)が進行したと言わざるをえない。確かに、女性の職域は均等法成立によって広がった。しかし、多くの女性たちが望んでいた男女平等法ではなく男女雇用機会均等法となったことで、機会は広がったが結果は平等とはならなかった。内閣府や厚生労働省の統計で、この10年間に男女の賃金格差が縮小されたと書かれているがそれらは、正規職員の男女比較だけである。
 マスコミの多くは、女性の企業家や管理職の女性の登用、パートの役員登用などを例示して、あたかも男女平等が進んだかのように宣伝している。しかし現実は、少数の女性たちが男性の後に少し昇格しただけで、圧倒的に多くの女性たちがこの20年間で正社員から非正規社員に置き換えられ格差が広がったである。
 1999年4月改正均等法が施行され女性の深夜禁が解禁された。当時から私は反対の立場であったが、深夜禁解禁はまさに激務の平等であり、これを許容してしまった事は、日本の女性にとって、あまりにも大きな敗北であったと、時がたつにつれさらに強く感じている。

3)女性の長時間労働の深刻さ
 激務の平等は、女性の長時間労働を日常的なものとした。
女性ユニオン東京の相談統計でも、長時間労働などを原因とする病気・休職の相談は、95年は1年間で、たったの1件であった。ところが、99年4月の深夜禁解禁されて以降、2000年は年間32件、2005年は64件と相談件数は急増した。この統計は厚生労働省の精神障害で女性が労災認定された数値と見事に一致する。1999年女性が労災認定された数字は、わずか2件に対し、2003年は31件、2004年は46件と急増している。総務省の「労働時間調査」によると、94年度以降の10年間で、週35時間以上、60時間未満という中間的な働き方をする人が271万に減る一方で、週60時間以上という超長時間労働をする人が99万人増加した。
 現在、就職したての20代の女性たちが長時間労働で、くたくたになってうつ状態で女性ユニオンに駆け込んでくる相談が後を絶たない。その女性に、私は、「再就職をするなら残業なしを探したほうが良いのでは」と言ったら、今どき、そんな職場はないと言われた。まさに、残業が例外でなく、残業がない職場が例外になっているのだ。

4)もっと働きたくても、短時間労働しかない。
 最近、出された厚生労働省の調査でも、40%以上の人がパートタイム労働の選択は非自発的選択で、正社員を望んでいると回答している。また、平成17年度「働く女性の実情」によると、週35時間未満で働く女性は882万人(前年差25万人増)で、女性雇用者の40.6%を占めており、短時間雇用が増大している。ユニオンで労働相談を受けている実感からいっても、労働時間の二極分化が進んでいる。
 1日6時間、週2日、3日だけという雇用保険加入要件を満たさない労働が増加している。例えば、大阪府の女性センターの相談業務が指定管理者制度で民間委託された。その結果、同じ仕事が分割され週2日の細切れ雇用を複数のNPOから委託されることになり、雇用保険の加入からはずされたという話を聞いた。かつて派遣社員やパートのやっていた仕事を個人請負という形にすること、で労働法の適用を免れようとする傾向も強化されている。また、あるテーマパークでは、休憩時間さえも節約するために6時間労働を1分も越えない働き方を強制していると聞いた。使用者にとっては、保険料や休憩時間分の人件費削減になるかもしれないが、働く側から見れば、社会保険まで搾り取られているのが現状である。

5)少子化になるのは、女性のせいではない。
 女性の出生率も年々最低を更新し続けており、2005年度には合計特殊出生率が1.25となった。育児休業取得率は、女性72.3%は(H17年男性は0.5%)と厚生労働省は発表しているが、この数字には妊娠・出産で辞めた女性は含まれていない。辞めた女性を含むと実質は38.5%しか育児休業取得をしていないという結果である。
 女性の7割が非正規雇用化する状況の中で、有期雇用労働者も法的には、育児休業を取れるようになったが、その場合は、雇用契約期間が1年あり、子が1歳を超えて引き続き雇用される見込みのある場合との条件がつけられている。有期契約の93.2%が1年未満の契約という統計もあり、有期雇用労働者にとっては相変わらず育児休業は、ハードルが高い。
 正社員は、育児休業を取得できたとしても、もとの仕事に復帰することが難しいのが現状だ。子供の病気で休める看護休業も年5日間だけ拡大されたが、小学校就学までであり、仕事の能率にかこつけて職場での評価を落とし、10年間は昇格できないような現状がある。こんな状況では、2人目の出産をあきらめざるを得ないだろうし、男性の間で育児休業の取得が伸びなくても当たり前と言わざるを得ない。

3)増え続ける職場のいじめや、セクシュアルハラスメント
 女性にとって最大の人権侵害行為といえるセクシュアルハラスメントについても、一向に減少しない。非正規雇用や、母子家庭、障碍者といった立場の弱いところへつけこむ加害者が後を絶たず、厳しい雇用状況の中で会社をやめることも出来ず、深刻な被害になってしまうことも多い。
 いじめの現状も深刻で、単に上下関係だけでなく、同僚間で仕事のひとつのポストをめぐって争わざるを得なくさせられ、陰湿ないじめも目立っている。正社員を非正規に置き換えようとしている職場では、後から入ってきた非正規雇用者は厄介者であり、いじめの対象になりやすい。

4)日本の働く女性が希望を持てるように
 そろそろ、95年の「新時代の日本的経営戦略」について、きちんと評価をし、その結果日本社会はどう変化したのか、冷静に分析すべき時である。
 この10年間の変化は、人間の暮らしを豊かにしていくのではなく、無制限の利益追求、人間の労働力さえも完全な商品として徹底して搾り取っていくという歴史であった。それは、環境破壊の深刻さとも重なっている。あらゆる分野での規制を緩和し、自由競争を推し進めようという政策は、多くの人間にとって、生き難い社会をつくる結果になってしまうのではないか?日々の疲労で思考能力さえ奪われ、どんどん言いなりに絞りとられている、というのが実感である。
 最近、私は生活保護に携わる仕事をしている女性と話す機会があった。ひとつの仕事で食べられないから二つも三つも仕事をして何とか生活していく人が増えている。しかし、このような複合労働、長時間労働は止めて、生活保護ライフを薦めよう! という話になった。
 政府は、格差社会を認めたものの、貧乏は、能力がなく努力が足りないせいだという。そして、再チャレンジ政策といって、誰でも再チャレンジできる政策を掲げるという、まやかしの方針を立てている。この人たちに現実の厳しさを見せつけたい。そして、8時間労働をしても食べられなければ、複合労働や長時間労働をしてしのぐのではなく、生活保護を申請するという運動をしてみたい。若い人の間に、企業の論理にとらわれず、貧乏で何が悪いと開き直り、生活保護の取得は生きていく権利と言い切る運動を広めていきたい。
 労働局に持ち込まれる労働相談件数は、年間90万件を超えているという。あきらめているわけではない。声を上げている。しかし、それらが形に、力になって政府の愚政を正す力になっていないのだ。若い人たちが、このような現状を正面から見据えて変革の運動をぜひ始めてほしい。現在、私も、全国の女性たちの声なき声をネットワークして力にしていく運動を推し進めている。

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