ICU教授/CGSセンター長:田中かず子
【CGS Newsletter009掲載記事】【ペーパー版と同一の文章を掲載】
ジェンダー・セクシュアリティ研究プログラム (Program in Gender and Sexuality Studies, PGSS) は、ICUの4番目の学際プログラムとして2005年度に開設されました。本当の意味での学際的なプログラムを目指し、社会科学や人文科学に偏りがちだった従来のジェンダー研究に、更に自然科学をも組み入れての出発でした。これは学科間の敷居が低く、広く深く学ぶリベラル・アーツを掲げるICUだからこそできたことかもしれません。2008年度からはよりフラットで柔軟なデパートメント制度に移行するため、PGSSはその学際性という強みをさらに存分に生かすことになるでしょう。
日本では多くの大学で女性学・ジェンダー研究関連コースが開講されていますが、カリキュラムとして成立しているところは非常に限られています。制度化されていないということは、個々の研究者がどんなにすばらしいコースを開講していても、その人がいなくなればその教育と研究の命脈は尽きるということなのです。ですから、個々の努力を積み上げていくことができる仕組みとしてカリキュラムを制度化し、そのカリキュラムを支える組織をつくることが非常に重要なのです。ICUでは、2004年に開設したジェンダー研究センターがPGSSの支援組織として位置づけられ、運営委員会がPGSSの決定機関として機能しています。
PGSSは、タイトルに「セクシュアリティ」をかかげている日本で初めての学際的プログラムです。男と女は生物学的に異なるがゆえに異なるように処遇される、という生物学的還元論に陥ることなく性差別構造を解体すべく、それまで文法用語であった「ジェンダー」という語を、社会的文化的に規定された性差を表すこと、と再定義してジェンダー研究が始まりました。そして、特に80年代後半からセクシュアリティへの関心や理解が深まる中で、ジェンダー概念はさらに鍛え上げられてきました。そのプロセスの中で、例えばジェンダー研究の中心であったフェミニズム自体が、実はストレートの女のためのものであり、そうでない女を抑圧してきたということが明らかにされました。セクシュアリティ抜きでジェンダーを語ることは今や不可能なのです。日本ではセクシュアリティ研究は始まったばかりですが、学生の関心は高く、卒論でこれに取り組む学生も増えてきています。
PGSSの最大の特徴は、すべての講義の目的が、ジェンダー・セクシュアリティ研究のパースペクティブ、現象や表象などへのアプローチの仕方・考え方などをしっかりと学び、自分の考えやものの見方、理論や感性を磨くことにあるということです。それだけでも一つの研究として成り立ちますが、そのパースペクティブを以って既存の専門分野における理論や方法論に挑戦していくと、今まで見えなかったものが見えてきます。このためPGSSを専修として卒業することも勿論、他の専門分野の研究と組み合わせることも有意義でしょう。
ICUのPGSSが求めるものは、知的好奇心を満足させることだけではありません。知は権力を持ち、知へのアクセスは平等ではありません。知を特権化、権力化させないためには、理論と実践、研究と活動をブリッジすることが必要なのです。人々が生きていくのに重要な知は、日々の生活の場にあるはずです。そして、言葉で表される知はほんの一部であることを知り、人と共にいることで自分の感性を磨いていき、ゆたかな知を醸成することこそが求められます。PGSSで学ぶことは、自分の固定観念、既存の世界観、人間観、社会観に挑戦していくことでもあるのです。