CGS 運営委員/ 国際基督教大学准教授: 森木美恵
【CGS Newsletter013掲載記事】【ペーパー版と同一の文章を掲載】
2010年1月28日・29日にタイの首都バンコクにおいて、"Women's Health, Well-Being between Culture and the Law"と題した国際会議が開催された。この会議は、長年にわたりWomen's Studies の分野で活躍されてきたアジア各国の研究者およびNGO関係者が中心となり企画運営されたもので、2009年春学期に特任教授としてICUでも教鞭をとられたタイ国タマサート大学のChalidaporn Songsamphan教授もその中心メンバーの一人であった。私はChalidaporn先生とのつながりからこの会議のことを偶然知ったのであるが、計8カ国のアジアの国々より様々な専門分野の方々が参加し、「新参者」研究者としては、研究・活動分野の軌跡を知り、そしてその発展マップ上に自分の研究がどの様に位置し得るのかを考える上で、有意義な経験となった。会議の開催目的の一つが、関係者相互のネットワークを強め、女性の健康とウェル・ビーイングについて多角的に検討する手立てとすることであった。実際に、この会議の運営委員を中心としてAsian Association of Women's Studies という団体も最近設立されており、今回の会議は分野全体としても、「今まで」と「これから」を結ぶ良い基点となったのではないだろうか。
この会議に出席して最も印象に残った点は、会議参加者の学問的背景、職業的専門分野、セクシュアルオリエンテーションなど様々な点における多様性が存在する一方、そうした多様性を超えてなお「我々」という連帯感を参加者が共有していた点である。まず、タイというお国柄の由、会議テーマの由か、簡単な会話をするにあたっても、"SHE is ..." "HE is..." と代名詞の選択について「この方はいったいHE なのかSHE なのか、HE と呼ばれたいのかSHE と呼ばれたいのか」と考えさせられるような「多様」な状況があった。私は会議場に到着後すぐに"he or she" という二項対立的な思考自体を放棄し、その場を「グラデーション」としてとらえるに至った。初対面の方が多数集まる場において、"he/she" という慣用的概念をストレートに適用できないことは新鮮な経験であった。また、私が研究発表を行ったセッションでは、文化人類学者、哲学者、女性の権利に関するアクティビスト、セクシュアリティと仏教に関するスピリチュアリストなど幅広い分野より発表者が集まり、それぞれの立場から女性の健康とウェル・ビーイングの関係性について討論を行った。会議タイトルにもあるように、「文化」という可視化が難しい、しかし、確かに存在するものによっていかに人間のウェル・ビーイングが左右されているか改めて考えさせられる内容であった。一見すると共通言語すら見出すのが困難なほど学問的出自が多様なセッションだったが、蓋を開けてみると、発表の「意図」や「意味」は通じ合わせることが出来るという、他の学会ではなかなか味わえない体験が出来たのも収穫であった。
最後に、会議全体を振り返って、この国際会議には主催者の確固とした「信念」が根底に流れており、それに何かしらの側面において同調する人々が様々な持ち場から寄り集まったという点に意義があったと感じている。また、この会議には、いよいよ第一戦を退こうという方から参戦準備中の学生まで、半世紀ほどにもまたがる新旧の世代が含まれており、参加者それぞれが、各分野における自分の役割・立ち位置を模索するいい機会が提供されたようにも思う。様々な国際会議が様々な場所で日々開催されているが、そのあり方や意義を考える上で参考になる点ではないだろうか。