女性の労働~貧困の現状と課題

朝日新聞編集委員: 竹信三恵子
【CGS Newsletter013掲載記事】【ペーパー版と同一の文章を掲載】

●女性の貧困の深刻化
 貧困はこれまで、男性の問題として受け止められがちだった。だが統計からは、女性の低収入ぶりが、はっきりと見えてくる。財務省の給与所得統計では、年収200万円以下の働き手は女性の4割以上にのぼる。「年収300万円時代を生き抜く経済学」といった本が数年前に売れたが、その水準を大きく下回る自活できない働き手だ。

 男性の貧困も増えてはいるものの、年収200万円以下は1割に満たない。確かに、4割の中には、世帯主男性の扶養下にあって、日々の生活には困らない女性も少なくないだろう。だが、パートナーからの暴力や離婚の激増、男性の貧困化、非婚男女の増加で、こうした従来型の「結婚による安全ネット」では、事態は解決しなくなっている。にもかかわらず、自立できる経済力を持てる女性が、ごくわずかにとどまっていることが、女性の貧困の深刻化を招いている。

 背景にあるのは、女性労働の非正規化の急速な進展だ。85年に男女雇用機会均等法が制定されて以降、女性の社会進出は進んだようにみえる。高位の女性や高賃金の女性も出てきた。だが、均等法以後に増えた働く女性の3 分の2 は、パートや派遣などの非正規労働に流れ込み、非正規労働者はいまや女性の5 割を越えている。「非正規」は例外という意味を含んでいるが、それがむしろ多数派という異様な状況だ。

 これら非正規労働者の賃金を時給換算すると、女性パートは男性正社員の40% 台で推移し続けている。これでは、週40 時間の法定労働時間働いても、年収200万円程度しか稼げないのは当然といえる。正社員主体の企業内労組が主流の日本では、パートや派遣労働者は労組の支えがなく、賃金は横ばいを続けがちだ。最低賃金すれすれの時給でボーナスも手当も昇給もないという安さに加え、短期雇用なので、次の契約を更新しなければ削減も簡単という「便利さ」が企業に受けて、90年代後半からの不況では人件費削減のため、非正規労働は、女性から、新卒者や男性、公務労働にまで及んだ。働き手の3人に1人が非正規という社会では、親や夫がいない生計維持者も非正規労働となり、生存を脅かされ続けている。「日本の貧困は女性発」といわれるゆえんだ。

● 85 年は女性の貧困元年?
 均等法はなぜ、歯止めにならなかったのだろうか。それは、「平等を求めるなら男性並みに働くべきだ」との経済界の求めに応じ、均等法が、女性保護の撤廃と引き替えに導入されたからだ。日本では、労働基準法36条の規定で、労使協定があれば事実上「青天井」の残業が可能だ。そのため、均等法前まで、女性は休日労働や10時以降の就労を禁止されていた。これは、男女分業を前提にし、育児や家事の時間を女性にだけ確保することで社会生活を持続可能なものにしようとする策だった。

 そもそも、日本の男性が、青天井で長時間労働できるのは、家庭に主婦という女性がいて、仕事以外の労働を担ってくれるからにすぎない。また、女性の低賃金を補って「妻子を扶養」するために、男性は青天井で働くことを拒めない。保護抜きの均等法は、「妻つき男性モデル」ともいえるこうした働き方を正社員の標準として改めて定式化した。おかげで、「妻」を持てない多数の女性は、出産後は正社員にはとどまれず、非正規労働者への道を歩むことになった。欧州では、雇用平等を進める過程で、男女双方の労働時間規制を強化し、両立モデルを働き方の標準とすることで女性の経済力を高めた。日本は、男女両方の労働時間規制緩和という形で「均等」を進めたことが、女性の急速な非正社員化を招いたということになる。85年は同時に、「主婦年金」といわれる第3号被保険者制度と、労働者派遣法も導入された年でもあった。第3号被保険者制度は、配偶者の扶養下にある人の保険料を免除するものだが、扶養からやっと抜け出る程度の低賃金では、保険料負担で世帯収入がむしろ減ってしまう場合がある。そのため、自主的に収入制限をするパート女性も多く、これもパートの低賃金が続く原因になった。こうした働き方は、夫の年金に頼れない女性たちを極端な低年金、または無年金に置くことになり、高齢社会の無年金女性問題というもうひとつの貧困を生む結果となった。労働者派遣法も、「均等法後は正社員の長時間労働に耐えられない女性の増加が見込まれるため、その受け皿として、パートより専門的で時給の高い仕事が必要だった」(高梨昌・信州大名誉教授)として、導入された。こちらはその後、「年越し派遣村」などに象徴される貧困のもとになった。藤原千沙・岩手大准教授は、均等法・第3号被保険者制度・労働者派遣法を、その後の女性の貧困を深刻化した3点セットとし、「85年は女性の貧困元年」と呼んでいる。

●女性の貧困はなぜ見えないのか
 こうした現実にもかかわらず、なぜ女性の貧困は見えないのか。理由は、貧困女性が声を上げることは、男性以上に難しいからだ。不安定な非正社員女性が家庭を持つと、生活できるお金を稼ぐために長時間働かねばならず、仕事の合間には性別役割分業による家事・育児もこなさなければならない。1997年に取材したシングルマザーの場合、3人の子供を抱えて離婚したが、子持ちでしかも40代の女性というだけで求人はパート労働に限られる。パートの時給は700~800円台と最低賃金すれすれのことが多い。子どもたちを育てるため、女性は、昼と夜、二つのパートを掛け持ちしてやっと年収300万円になったが、労働時間は通常の男性正社員の約1.5倍の3000時間に達していた。こんな状態では、窮状を訴える活動を起こす時間が確保できない。加えて「女性は男性が食べさせてくれるはず」という社会的な偏見がある。こうした偏見が「女性は賃金が安くても困らない」「失業しても困らない」という思い込みを招き、女性の貧困を「改善すべき重要課題」ととらえる声を抑え込む。

 もう一つが、女性に対する暴力の問題だ。貧困から路上に出る男性は目立つが、女性はほとんど見えない。路上に出たときの危険度が女性の場合、男性以上に高いため、外食チェーン店で夜を明かすなど、隠れているから、といわれる。ホームレスの現金収入の道として考案された雑誌「ビッグ・イッシュー」編集部も、女性には販売をすすめられないと言う。売っているだけでホームレスとわかる商品なので、女性の場合弱みにつけこまれて思わぬ被害にあいかねないからだ。貧困解決のカギは、それを直視して適切な対策を打つことだといわれる。女性の貧困は、男性に経済力を集中させ女性を扶養させる仕組みや、女性への暴力といった「私たちの社会があまり見たくないもの」に支えられている。だからこそ解決が難しい。だが、女性の貧困が、他の働き手の非正規化、貧困化の出発点になったことを考えれば、その転換なしでは、他の貧困は克服できない。性別や属性にかかわらず、ひとりひとりが自立できる働き方を目指した貧困解決策、雇用政策が必要なときだ。

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