一橋大学ジェンダー社会科学研究センター 財務・総務部門総括:佐藤文香
【CGS Newsletter014掲載記事】【ペーパー版と同一の文章を掲載】
いまや「国立大学法人」と呼ばれる国立大学はその運営を6年ごとに定める中期目標・中期計画に基づいて行うことになっている。二期目を迎えたこの計画に、わが大学でも「研究との両立を図るべく出産・育児支援を行う」ことがようやく明記されるようになった。
私たちジェンダー社会科学研究センター(CGraSS)は、一貫して自分たちを教育・研究を担う組織として位置づけてきた。それは限られた人的資源から活動の範囲には限定が必要であり、福利厚生や行政を担う組織はいずれ大学当局のもとにオーソライズされるべきであるという私たちの考えを反映した姿勢であった。だから、2011年1月の公開ワークショップ「大学における育児サポート ―新しい一橋大学に向けて」の開催に迷いがなかった、といえば嘘になる。しかし、リーダーシップをとりそうな組織が他に見あたらず、「具体的な施策」が天からふってくることも期待できない以上、少しでも取組みを形にしていくべく運動をおこしていく必要があった。こうして、私たちは、他大学の多様な取組みに学びつつ情報を共有することを目指し、ワークショップの開催にふみきることになった。
広報の開始がやや遅れたこともあって、年明けまで参加のエントリーは10数名にとどまっていた。なにしろ、過去の「当事者」たちは既に困難をくぐり抜けた「成功者」である。昔を懐かしく思うことはあっても、切実な課題としてこれを受け止めるにはやや距離があるようにみえた。一方、未来の「当事者」はといえば、学部生にはまだ遠い先のお話であり、院生の中にも「そんなことよりさしせまった問題」を抱えた人びとが多くいた。そして、現在の「当事者」たちは、あまりに渦中にありすぎて参加するだけの心身のゆとりがない人びとも少なくなかった。初の試みとして臨時託児所を設置したのも、このワークショップを一番必要とするであろう彼ら/彼女らに足をはこんでほしかったからだった。
声かけに奔走する中での経験も他のイベントの時とはまた味わいの違うものだった。クールな女性の反応とさわやかにエールを送ってくれる男性の背後にある非対称性にたちすくんだり、資源をもたない他者への想像力のなさに絶望したり、育児サポートに熱心な人に対しても、他の社会的課題にも同じだけの情熱をもって取り組んでくれるだろうかと不信感を抱いたり...。なかなかに消耗したことも事実である。そんな中、私を突き動かしたのは、もうじき定年を迎えるある先生が寄せて下さったメッセージだった。若い頃、大学の保育所設置運動にふれ希望に満ちて情報を集めたこと、何度かチャンスに遭遇するも職場の規模の問題につきあたったこと、そうしたエピソードにそえて、今回のワークショップの開催を「夢のように感じる」と主催者への謝意が述べられていた。彼女が断念した「夢」と時の経過の重みを思うと、胸にこみあげるものがあった。
さて、結果はどうだったかといえば、幸いにも当日は80名にものぼる参加者を得て会場を熱気でいっぱいにすることができた。学長・副学長への「ラブコール」も功を奏し、彼らに「当事者の切実な声」の一端が確かに届いたという手応えも感じた。このワークショップを、これまで点在してきた人びとをつなげる場として機能させるという目標に照らしてみれば、ひとまずこれを「成功」とよんでもよいだろうと思う。もちろん、この「成功」は長い長い道のりのほんの小さな第一歩を踏み出したにすぎないものではあるのだけれど。