国際基督教大学 学部生 大久保徹朗
【CGS Newsletter014掲載記事】【ペーパー版と同一の文章を掲載】
2011年2月10日、CGSとの共催で「民族学地域研究」の授業の一環として「HIV/エイズを考える̶病の他者化への抵抗̶」と題されたセミナーが開催された。名古屋市立大学の新ヶ江章友さんは、文化人類学や疫学など、学術的な視点から、ぷれいす東京・JaNP+の桜井啓介さんは、HIV陽性の当事者として、また支援者でもあるご自身の経験から、日本におけるHIV/エイズの現状やそのイメージを語った。
新ヶ江さんの講演では、HIV/エイズの感染拡大防止施策におけるゲイコミュニティの働きに焦点が当てられた。中でも従来の「上」から情報を与えて予防を促す「実践コミュニティ」に代わる、構成員それぞれが主体的に行動して情報を交換しあう「生社会コミュニティ」の可能性が紹介された。しかし、「コミュニティ」にどこまで可能性を見いだせるのか疑問もある。なぜなら、新ヶ江さん自身が述べた通り、情報技術の発展をうけ、同性愛者たちはゲイバーなどの対面式のコミュニティを介さず、インターネットを通じてダイレクトに出会うようになってきているからだ。MSM(Men who have Sex with Men)に対するHIV/エイズ予防啓発活動の手段として、より新しい方法も検討する必要があると感じた。
桜井さんは「差別」や「病」という一見重苦しいテーマをコミカルに語っていて、思わず笑わされたが、同時に深く考えさせられもした。特に印象的だったのが「自分はHIVよりも睡眠時無呼吸症の方が重大なことなのに、他人になかなかわかってもらえない」という話だ。私も桜井さんの話を聞くまでは、現時点で根治不可能なHIVの方が当然、より「重大な」疾患だと感じていた。しかし、感染状況をコントロールできているHIVに対し、重症の睡眠時無呼吸症候群を治療しないまま放置した場合、8年後の生存率は60%程度だという。医学的・科学的な評価というのは一見ニュートラルで絶対的な考え方に思えるが、その全てがイメージや文化的な文脈と密接につながっているのだと改めて気付いた。
今回の講演では、殆どMSMの文脈でHIV/エイズの問題が語られた。実際、「HIV/エイズはゲイの話」だと思っている人も多いと思う。確かに日本における累計HIV感染者12,623人のうち、同性間性的接触によるものは6,658人なのに対し、異性間性的接触によるものは3,838人である。両者の人口比率を考えれば、異性愛者が感染する確率は同性愛者/MSMに比べてかなり低いように思えるかもしれない。しかし、累計エイズ患者5,783人のうち、同性間性的接触によるものが1,923人なのに対し、異性間性的接触によるものは2,259人にのぼる。HIVに感染しても、早期に発見し適切な治療を行うことで、エイズの発症は防ぐことができる。このことを踏まえると、エイズ発症者に占める異性愛者の割合が、HIV感染者に占める異性愛者の割合よりも高いということは、異性愛者でHIV検査を積極的に受けている割合が相対的に低く、そのためにエイズ発症時にはじめてHIV感染が発覚するケースが多くなっているのが大きな要因の一つではないかと考えられる。「HIV/エイズはゲイの話」という考えの裏に「私たちには関係ない」という意識が隠れていませんか?
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参考文献
(公財)エイズ予防財団 2010年12月時点の累計HIV感染者数/累計エイズ患者数
http://api-net.jfap.or.jp/index.html
田辺繁治,2008,「今村『時間論』と生社会コミュニティ」『東京経大学会誌 経済学』259:260-248.