ICUも子育て支援を!

CGS運営委員/国際基督教大学 上級准教授 生駒夏美
 
 2011年1月末、一橋大学でジェンダー社会科学研究センター主催によるワークショップ「大学における育児サポート」が開催された。妊娠中の院生や育児中の男性教員など多種多様な参加者80名以上が集まり、会場は切迫した問題意識と熱意で満ちた。育児サポートを展開する東京学芸大学(無認可保育所)・東北大学(同)、宇都宮大学(認可保育所)、新潟大学(シッター制度)から、各大学の事情や規模に応じた制度が報告され、会場からは実際的な質問や抵抗に屈せず成し遂げた方々への尊敬と羨望の声が上がった。
CGSでも2007年から大学側に育児支援の必要性を訴えているが、大学側は規模の小ささと恒常的なニーズの不在を理由の一つに導入に消極的である。待ったなしの育児に追われる当事者は大学に失望しつつ対応に追われる他なく、逼迫した事情は伝わりにくい。そんな中で近隣の一橋大学が育児支援に向けて動き出したことは、大変心強く喜ばしい。一方、多くの大学が育児支援を検討する中、ICUが遅れをとっていることに危機感も感じる。18歳人口が減少の一途を辿り、ICUでも年齢の高い学生や、海外からの学生/院生が今後増加することが予測され、育児世代も増えるだろう。国内外から教職員をリクルートするにも、子育て世代であれば育児支援の充実した職場を望むことは間違いない。そんな状況下で育児支援の有無は、大学競争力に多大な影響を与え存亡に関わる問題となる。今なら、ICUの特色を出した育児支援を打ち出すことで、社会へのアピールと競争力を増すことが可能だが、それにはすぐにも動き出す必要がある。
 日本の戦後社会において、育児や介護といったケアを家庭に押し付ける政策/企業運営がされ、それによって社会/企業はサラリーマン戦士をケアの負担から解放し、経済活動に従事させてきた。そのような男性中心モデルの社会は一橋大学の佐藤文香先生がワークショップで語ったように「人間誰しも人生の一時期、誰かのケアに依存して生きる時期がある」という当然のことが忘れられたバランスを欠く、ジェンダー不均衡かつ不平等な、しかもその点が不可視化された社会であった。
 しかし不況の中で女性の労働力が必要とされるに至り、その確保のために育児支援に乗り出す企業が増加しつつある。だが社会の大部分はまだ男性モデルからは脱却できず、結果として、女性たちの多くが労働力として社会に参加しつつ、ケアも背負う羽目になっている。
 2月14日付けの毎日新聞によると、日本人の「子どもを持ちたい」という欲求は世界的に見て極めて低く、子育ての負担感が日本女性に特に強いことがカーディフ大の調査で明らかになったという。男性同様に働き、かつ育児をほぼ一手に引き受けることは、多くの女性にとって過重な負担となり、子どもを持つことを躊躇わせる。バラマキの少子化対策も実施されたが、本質的解決に至る政策でないことはこの結果からも明白である。必要なのは単に経済的な支援ではない。子育ての大部分が女性個人に押し付けられ、「個人の問題」として公の議論の土壌に乗っていないことが問題なのだ。かつては大家族や強い地域の結びつきが存在し、妊娠・出産・育児・介護は「共同体の問題」として分担されていたが、核家族化し隣近所との交流も消失した現代社会にあって、一個人、一家庭では対処できない事態になっている。旧態依然の男性モデルから妊娠・出産・育児・介護を社会全体/共同体全体/企業ぐるみで支える新モデルに脱皮しなければ、この社会の未来は暗い。
社会の良心であるべき大学だが、現実には男性中心で、男性研究者の有償労働を女性の無償(あるいは低賃金)労働が支えるモデルから脱していない。それは教員の男女比率が7対3のICUにも言えることである。そんな中、育児支援を考える大学が出てきたことは、今後の社会のあり方の改善に結びつく一歩と言えるだろう。これまでのように労働や学びの場から育児が排除されるのではなく、育児が社会の大切な一部分として認識され援助されることを、将来の社会を担う学生たちに示すことは、重要な教育的意義を持つ。少子化は大学にとって大問題である。子育てに大きなストレスや負担を感じさせない環境作りを大学側が率先的に進めることは、ひいては少子化対策になる。ICUにはそのような教育的意義に富んだ、先進的なモデルをぜひ提示してもらいたい。
 ICUはICU教会に幼児園があるのだが、残念ながら常勤教職員が子どもを託せる場所としては機能していない。この状況を変化させ、幼児園の一部に保育施設の機能を持たせる可能性について大学側にはぜひ検討していただきたい。形態としては1)幼児園の機能はそのまま維持し、2)保育施設の部分は外部委託し、3)ICU関係者の入所を保証し、4)幼児園の授業に保育児もおけいこ式に適宜参加する、というのはどうだろうか。政治主導の幼保一体化が進まない中、保育と教育の分断に悩む親は多い。そんな中で独自の幼児教育を展開しているICU幼児園に併設の保育施設ができれば、すばらしい可能性となる。
 一方、上記のような保育施設の設立には時間も費用もかかるため、それまでの期間は以下のような小規模育児支援の方法が、最も現実的かつ実践的ではないだろうか。
 大学側に用意してもらいたいものは、育児できる静かな部屋を一部屋、ベビーベッドを2、3台と保育者が座れるソファ、水道設備、ポット、電子レンジなどがあればよい。晴れた日はキャンパスが保育場所となるので、それほど大きな部屋である必要はない。障がい者やマイノリティ支援にも共通するが、各建物におむつ替えのできる多目的トイレを設置することも重要だ。
 保育者としては保険加入した外部事業者や病児保育可能なNPOに法人契約をするのがよいだろう(希望的には学生/院生の利用者に対しては費用の一部補助が望ましい)。このような小さな保育室の場合は、恒常的な利用というよりはスポット利用で、保育所に連れて行けない事情のある時に、利用者側が自分でケアをアレンジする。普段は居住地近くで何らかの保育施設を利用している者には、この方法が最も現実的だ。また保育利用がないときでも、こういう場所があれば、授乳やおむつ替えに利用できる。利用者は事前登録制とすれば安全も保てるだろう。また新潟大学のように、外部の講習を受けた学生にシッター登録をしてもらい保育補助者として働いてもらうこともできるだろう。教育学や発達心理学を学ぶ学生にとってかけがえのない教育経験となるし、比較的年齢の高い幼児や学童の場合、学生シッターに少額アルバイトの形でケアをしてもらうことも可能だ。このシステムは新潟大学で既に機能しているということである。経済的に厳しい学生/院生のために、プロと学生シッターで利用料に傾斜をつけ、利用者側が選べるようにするとよいだろう。
 このシステムだと、キャンパス内に子どもが常にいて、学生が育児を間近で見、参加する機会を提供できる。育児やケアがすべての人にとって重要な、そして当たり前の営みであることを肌身に感じることは、学生たちの人生において大きな意味を持つだろう。ICUのような規模の大学であっても、特色のある育児支援が可能であるし、ICUはぜひ率先してそのような育児支援のモデル校となってもらいたいものである。

【付記:育児支援サービスを展開する大学の状況】
 参考のため、特色のある育児支援サービスを展開している首都圏の近隣大学の事例をいくつか紹介する。このような大学は年々増えており、ICUも乗り遅れずに加わってもらいたいものである。また、ICUと同じくリベラルアーツ教育を提供するアメリカの大学の状況も参考までに記した。(米国情報収集:サマンサ・ランダオ)

国内

日本女子大学:付属幼稚園に保育施設が併設、学内関係者(学生含む)にサービスを提供。
慶應義塾大学:日吉キャンパスに認可保育所(一時保育併設)を開設。外部も入所可。運営は外部業者(ベネッセ)。
武蔵野大学:直営の付属幼稚園が預かり保育を実施。
新潟大学:シッター制度を導入。
上智大学:教職員、学生、院生対象の託児施設設置。運営は外部業者(ポピンズコーポレーション)。利用料金の補助あり。
東京学芸大学:小金井キャンパスに外部委託(サクセスアカデミー)で保育施設開設。外部を含め、教職員、学生利用可。学生(学部・修士・博士・特別専攻科に所属する正規生)と、職員・学生(正規生以外)・地域住民の区分による利用料金傾斜式。
東京大学:本郷に認可外保育所を二カ所(学内関係者のみ入所可)と認可保育所(学外も入所可)を一カ所、駒場に認可外保育所(学内関係者のみ)と認証保育所(学外も入所可)をそれぞれ一カ所、白金キャンパス、柏キャンパスにそれぞれ一カ所ずつの認可外保育所を設置。五つの認可外保育所は大学直営で、実際の運営は外部委託(サクセスプロスタッフ、ポピンズコーポレーション)。
宇都宮大学:認可保育所を運営。外部も入所可。
早稲田大学:学外にも開かれた認証保育所を設置。運営は外部業者(ポピンズコーポレーション)。幼保一体型。

海外(ICUと同規模のリベラルアーツ校)

Allegheny College:キャンパス内に民間の保育施設あり。大学が場所を有償で貸与。
Dartmouth College:教職員のための幼児教育保育施設を運営。収入に応じた傾斜式授業料。育児支援情報を大学ホームページに掲載。
Rice University:教職員と学生のためのモンテッソーリ式幼児教育保育設備を運営。その他、炊事場のついた授乳室あり。外部保育施設にも大学関係者用スロットを確保。大学ホームページに学童保育など育児支援情報掲載。
Swarthmore College:近隣の保育施設への紹介システムあり。大学からの資金援助はなし。

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