CGSセンター長、ICU教授:田中かず子
【CGS Newsletter015掲載記事】
東日本大震災の福島第一原発事故後、私は100年単位のスパンで考える視座の重要性を確信するようになりました。史上最大の原発事故発生後1年以上経過した現在でも、全く復旧のめどが立っていません。福島の人たちは今でも、国から見捨てられたと思わざるを得ないほど絶望的な状況に放置されています。根本的な解決は、一人ひとりが尊厳をもって生きることができる新しい社会のかたちを真剣に探究することにしか見いだせないのではないでしょうか。100年のスパンで考えるということは、自分はもういない世界を想像することであり、自分自身が強固に内面化している社会規範や思考の前提を相対化する有効な手段となりえます。この「100年のスパン」という革新的な想像力こそ、社会構造の根幹に関わるジェンダー・セクシュアリティ問題に取り組む際に有効な手段なのではないかと考えます。
性別役割分業を基盤に成立している日本の社会構造では、未だに標準的な労働者は家事育児責任を負わないことが前提であり、長時間労働の担い手となっています。フェミニズムは女性の経済的自立による男女平等の達成を主張してきましたが、ワークライフバランスを声高に叫んでも、結局既存のヒエラルキーを受け入れた男性並み平等の域をでてはいません。さらに人間は男か女のカテゴリーに分類されるという男女二元論、そして「唯一正しいセクシュアリティ」としての異性愛主義があまりにも深く、現在の社会構造を規定しています。私たちはジェンダー・セクシュアリティ規範を内面化し、正当化さえしているという事実に向き合うことが必要です。日常に現れるそれぞれは小さな規範の表出に気づき、社会規範の拘束性について長期的なスパンで考えることによって、社会の深部を変革する視座をえることができるのではないでしょうか。
CGSが来年度から企画しているR-Weekプロジェクトは、キャンパスや地域におけるありふれた日常を、ジェンダー・セクシュアリティの視点から検討してみようというものです。Rは、Relation, Rainbow, RespectなどのRで、いろいろなRを取り上げることで毎年のプロジェクトを特徴づけることになります。自分が当然、自然と認識している内面化された規範に気づくことは、ひとりではなかなか難しいことです。いろいろな人たちと顔が見える関係をもって共に活動するとき、自分の内面化された価値観に気づかされることがよくあります。私たちの生活が加速度的に個人化・分断化されている現在、今ここの具体的な気づきが100年先を考える力となり、自分の"生"を未来につなげるという視点を模索していきたいと考えています。