「ジェンダー研究特別講義」客員教授 クアット・チュ・ホン先生インタビュー

健康と人口イニシアティブセンター所長、健康投資相談促進センター創設者 : クアット・チュ・ホン
インタビュアー CGS運営委員、ICU上級准教授:生駒夏美、CGS研究所助手:サマンサ・ランダオ
【CGS Newsletter015掲載記事・全文】

ICUでは2012年度秋学期、ベトナムよりホン先生を客員教授としてお迎えし、「ジェンダー研究特別講義」の授業をご担当頂きます。ホン先生ご自身や研究分野について、生駒夏美とサマンサ・ランダオがインタビューしました。

1) ご出身はどちらですか?
 ベトナムのハノイ市です。1979 年から1984まで、モスクワ国立大学で教育心理を専攻し、卒業後は帰国して社会学研究所で働きはじめました。1997年にそこで家族社会学の博士号を取得し、2000年から2001年にかけてジェンダー問題のスペシャリストとしてベトナムの国連開発プログラムに携わりました。2002年5月、三名の同僚とともに独立研究機関である「社会開発研究所」を設立して現在に至っています。

2) 研究分野を教えてください。
主な関心はジェンダーとセクシュアリティの分野です。これらを土台として、HIV関連のスティグマや性労働、移住や家事労働などの課題を扱っています。

3) 上記の分野に関心をもたれたのは何故ですか?
 セクシュアリティとジェンダーのレンズを通して視ることで、個別の事象のみならず、より広範な社会的プロセスや、不公正、不平等、自由、民主主義、開発などが理解できると思ったからです。

4) ICUでどんなことを教えたいとお考えですか?
 ICUで教える機会を得られたのは大きな喜びです。「セクシュアリティ」のコースを一つ開設し、「ジェンダーと開発」をテーマに、より小規模なコースも開く予定です。セクシュアリティのコースのトピックとしては、性的アイデンティティの社会構造、身体とその人らしさ、セクシュアリティとメディア、バイオパワー、セクシュアリティと政治、などが含まれるでしょう。「ジェンダーと開発」に関しては、「ジェンダーと移住」か「ジェンダーと家事労働」のどちらかにしようと考えています。日本の学生がこうしたテーマに関心をもってくれれば嬉しいです。

5) ベトナムのジェンダーとセクシュアリティ教育をとりまく現状は?
 皮肉なことに、十代の妊娠と中絶、子どもへの性的虐待、性行為によるHIV・エイズ感染、その他、性に関するネガティブな社会問題が人々の関心を集めている一方で、ジェンダー・セクシュアリティ教育の開発は一向に進んでいません。ジェンダーがベトナム国内の社会科学系の大学で学べるようになったのは1990年代半ばで、おおかたは国際基金の強い要請のもと、開発プロジェクトの一環として開設されました。現在に至るまで、ジェンダー研究所や学科をもつ大学は数えるほどで、ジェンダーはむしろ家族社会学や人口学の一課題として扱われています。ジェンダーを教えるといえば、女性の現状を伝えることに限定され、理論や方法論に関する議論はほとんどありません。そのうえ、つい最近まで、セクシュアリティというのは公的教育で取り上げるべき「まっとうな科目」である、とは考えられていませんでした。学校では、いわゆる「生活」や「家庭科」教育で、リプロダクティブ・ヘルスに関するごく断片的な情報が提供されますが、セクシュアリティを正式な課題として公的教育で教えようとすると、いまだに大きな抵抗に合います。われわれは、セクシュアリティを教育課程に組み込むための教育プログラムを、ジャーナリズム・コミュニケーション学部に提供していますが、それ以外には目立った試みはなく、他大学ではこれまで同様のプログラムは実施されていません。
 かれこれ十年以上、当団体をはじめいくつかのNGOは、セクシュアリティ関連の科目を公的教育に組み込むよう積極的に発言してきました。過去5年間、我々は毎年100名余りの研究者、教育者、保健医療関係者、メディア関係者を対象とした「セクシュアリティと性の健康に関するベトナム全国研究所」主催の教育プログラムを実施してきました。2010年以降は、2年に一度のペースで「全国セクシュアリティ・シンポジウム」を開催し、ベトナム国内でこの分野を発展させるために、研究者や教育者、現場の実践者の研究成果や協働経験、イニシアチブなどを共有したいと考えています。今年の8月に開催予定の第2回シンポジウムのメイントピックは、セクシュアリティ教育ですが、これについては近年活発な議論が巻き起こり、社会的な注目度も大きいため、このシンポジウムが、ジェンダー・セクシュアリティ教育の公的教育課程への組み込みを促進するよう願っています。

6) ICU生へのメッセージがあればお願いします。
 これまで数回日本を訪れていますが、日本の文化や社会に関する知識はまだまだ不十分です。そこで、学生の皆さんにサポートに入ってもらい、積極的に質問したり、例を挙げたり、コメントしたりして、講義やディスカッションを日本の文化的な文脈に落とし込む作業をお願いできるとありがたいです。
 そもそも教育者の役割は、講義やプレゼンというより、むしろファシリテーター役を担うことだと考えており、学生の積極的参画を教育の重要な要素の一つと捉えています。
 ICUで働く機会を得たことに心踊る思いです。学生との意味深いディスカッションにおおいに期待し、教授陣をはじめとするスタッフとの交流も楽しみにしています。

このインタビューは 2012年6月に収録されたものです。その 後8月末、ホン先生の急なご病気で、来日および授業の開講が キャンセルとなりました。一刻も早いホン先生のご回復をお祈り致します。いつの日にかICUで授業を開講頂ける日を願いつつ、本記事は原文のまま、掲載させて頂きます。

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