企画・構成 堀真悟:早稲田大学大学院、CGS研究所助手
司会・構成 松﨑実穂:CGS研究所助手
【CGS Newsletter015掲載記事 特集:働くと「生きる」をジェンダーの視点から考える】
講演会「ベーシック・インカムの可能性」の後に、堅田香緒里さんと3名の受講生による座談会を開催しました。講演会コーディネーターを務めた堀真悟(CGS助手)が設定した「働くこと/生きることとベーシックインカム」というテーマを中心に、松崎実穂(CGS助手)司会のもと、参加者の皆さんに存分に語っていただきました。
■BIの実現可能性とネオリベラリズム
---まず、ベーシックインカム(以下「BI」)に関する講演を聞かれての根本的な疑問や、それぞれのお考えやご関心をお願いします。
嶋田拓郎(学部4年生・政治学専攻、以下「嶋」):
ヨーロッパでは大学も学費は無償という話を聞くと、日本の奨学金制度はおかしいし、学費無償化も実現できるのでは? と思いました。学生も含めて、お金の心配がなく生きられる社会にしたいです。ただBIには「一定の保障はするが、競争社会での失敗は自己責任」というネオリベ的論理と合致しやすいのでは、という疑問点があります。
朝比奈祐揮(学部4年生・社会学専攻、以下「朝」):
特に若い人が閉塞感を感じている日本社会において、BIは保障されるべき魅力的なものに感じる一方、現実味が感じられず、どう捉えたらいいか、正直分からないです。
堅田香緒里(以下「堅」):
普段BIの話をすると、「みんな働かなくなるじゃん」「金持ちにも金を配るの?」という感じで、まず理念が受け入れられないことが多いです。今日集まった皆さんは「理念はOK、実現化する際の課題を考えよう」という感じですね。「政治的な実現可能性を考えると、現実味がない」といった意見もありますが、100年前は夢物語だった健康保険や国民年金も、いま私たちはそれらを当たり前のものとして享受している。だからBIも必ずしも夢物語ではない、と思いたいな。
林織史(学部1年生、以下「林」):
BIがお金を集めたプールから再分配するというような考え方なら、「生きる権利の保障」というよりは「、個々の人が他者を生かす義務を果たす」というほうが本質的という気もしますね。
嶋:
生活保護バッシングのように、「税金で食っているのに、自分よりいい生活をしている奴は許せない」「自分の力で食っていけない奴は、文化的な生活をする必要がない」といった価値観にどう対抗していくかも重要だと思います。
堅:
ネオリベ的価値観との闘いは、社会保障全てに共通する課題です。ただ税金が財源であっても、BIと生活保護は意味合いが全く異なると思います。生活保護は対象を捕捉する以上、人のカテゴリー化が必要。でもいくら細かいカテゴリーを作っても、そこからこぼれ落ちる人がいる。カテゴリー化の暴力がある以上、全ての人を対象とするBIの方が、よほど「効率的」だと思います。一方で、生活保護バッシングはいま本当に酷いので、この改悪をいかに防ぐかというのはものすごく大事。でもこの闘いとBI要求の闘いは全く矛盾しない、一緒にやっていっていいものだと思います。
■BIとマイノリティ
嶋:
自分は重度身体障害者の方のヘルパーをやっていて、BI実現の過程でほかの制度がシンプルになっていき、個別の問題がなおざりにされる危険性を感じています。例えば「BIで20万あげるから、あとは自分でなんとかしてください」と言われたら、24時間ヘルパーが必要な重度身体障害者の方は困るわけです。お金だけじゃ解決できない、国の制度で解決しないといけない問題がマイノリティの中にはある気がして...
堅:
理念的には方向性がふたつあると思います。ひとつは、健常者などへのBIがあって、特別なニーズがある障害者などにはBIを加算しろ、という方向性。でも障害者運動はむしろ「特別なニーズがそこにある」のではなく「特別なニーズが構築されている」という言い方をしますね。障害者が障害者にさせられる社会が問題だという観点です。女性や人種、セクシュアリティに関しても同じで、アファーマティヴ・アクション的に特別な配慮を要求する方向と別に、マイノリティをうむ社会のあり方を変えるという方向性の理念がある。BIも、そういう発想の延長として考えればいいのかなと思います。
堀:
僕はBIの理念自体は「すべての人に普遍的な生活保障を」というすごく普遍主義的なものであるが故に、アイデンティティ・ポリティクス的に個別のカテゴリーに即した政治と、社会のあり方自体の変革を求める政治、その両者を繋げられる可能性があるのでは、と思っています。セクシュアリティの観点からみるBIについても、お話頂きたいのですが。
堅:
1970年代のイタリアのマルクス主義フェミニズムには、家事労働や学生に賃金を求める、BIの思想に連なるような運動や思想があったのですが、その中で子どもを作らない中絶をする人や同性愛者、無償で行われていた性労働を可視化する売春婦は「運動の最先端」とも言われていたそうです。BIのルーツには、異性愛主義に支配された社会を拒否する主張があったと思いますね。
■BIと働き方/生き方
朝:
もしBIがあったら、進路を変えると思う?
嶋:
僕は農業やりながらのアクティビスト(笑) BIで定収入が確保できるなら、自分の能力を活かした生き方をしたいと思えるようになるし、それは大事なことじゃないかな。
朝:
大学院に進学しても、就職に有利なのは東大・京大・一橋など、限られた大学院しかない現状がある一方、そこへ進学することが必ずしもいいわけではない。卒業後のビジョンに囚われないで大学院が選べる可能性も広がっていいのかな、と思います。
林:
BIがあったら、僕は多分もうICUにいないと思います。僕は自分で勉強したいな、という思いがあるんですが、親は「大学以外の進路では金は出さない」というスタンスで...でもBIがあったら、自分の望む方向に行けた気がする。「学び」を第一に考えたときに、BIの思想はすごくいいのかな、と思います。
堅:
「BIがあると働かなくなっちゃうんじゃないか」ってよく言いますけど、事態はむしろ逆で、「BIがないから、働かざるを得なくなって、やりたいことが制限され、選択肢が狭められている」。BIがあることで、社会も労働のあり方も豊かになっていくんじゃないのかな、と思いますね。
---今日はありがとうございました。