「働く女性の全国センター(ACW2)」メンバー:鈴木ちあき
【CGS Newsletter016掲載記事/日本からのニュース:相談の現場から】
CGSで受ける相談のなかには、就職活動や将来のキャリアに関する不安も多く、大学を卒業した後に相談できる機関の必要性が感じとれます。女性の労働に関して、定期的に電話相談を実施している「働く女性の全国センター(ACW2)」スタッフの鈴木ちあきさんにお話を伺いました。(インタビュアー・構成 一橋大学大学院、CGS研究所助手:杢田光)
―かかってくる電話には、どのような相談がありますか?
電話相談にかかってくる7割は、今まさに困っている人からの相談です。長時間労働やサービス残業、契約更新について、賃金や労働時間などの労働条件を引き下げる不利益変更など、雇用不安は大きいですね。また、人間関係の悩みも多く寄せられます。ろくに仕事を教えてもらえないまま結果を出すことを要求されるという殺伐とした職場において、孤立無援で周りと関係性を築いていけないという状況があります。労働法ってどこに行ったの?というような相談が多いですね。
―働いている当時は「自分が悪い」と思わされていて、辞職後にやっと自分の置かれていた労働環境を見直せるようになり、相談ができるようになったという話も聞きます。
過去の出来事が整理できず、傷が生々しくて、次の仕事を探すエネルギーが湧かないという人からの電話も、3割くらいあります。辞めてしまった後の相談は深刻です。そういう方は、継続的にサポートを受けられる場所があればいいなと思います。無料のホットラインに加えて、新たな取り組みとして、同じ相談員に継続的に相談ができる有料相談も始めました。
―電話相談をされる中で、近年の労働状況についてどう感じますか?
以前は「こういう可能性があるんじゃないですか、こういうふうにしてみたらどうですか」と提案をしていました。でも、最近は、相談してくる方々の状況が本当に厳しくて、提案ができなくなりました。
たとえば、2007年の開設当初は、個人加入のユニオンや地域の女性センター、労働基準局など外部機関を紹介していたんです。しかし、労働組合が力を無くしていて相談しても埒があかなかったり、セクシュアルハラスメントに関しても会社の窓口が機能していなかったりする。そのため、外部機関を紹介したとしても問題が解決せず、再びホットラインに電話がかかってくるという状況が続いていました。また、外部機関に訴えるやり方は、金銭的な解決が得られる場合もあるけれども、実際に職場で顔を出して交渉するのは難しいという現状もあります。正社員の状況も今は厳しくなっていますが、特に非正規労働の場合は、正社員とは違っていつ職を失うかわからず、言いたいことも言えない状況に置かれています。
■生き延びていく力を呼び覚ましてもらえるような相談を目指して
―相談を受けるときに気を付けていることは何ですか?
まずは相手に満足するまで十分に語ってもらい、それを聴くということが大切です。以前、ひとりの方がずっと回線を使っていることに問題を感じていて、時間を区切ってたくさんの人に利用してもらった方がいいのではないかと考え「ひとり30分」といった目標の立て方をしていたときもありました。でも、それでは、相談相手の満足感につながらないし、結局は以前より時間が引き延ばされてしまっていました。時間制限によってどうにかしようとするのではなくて、相手の状況を理解するための適確な質問の仕方を工夫することが大事だと思うようになりました。
相手の状況を丁寧に聞いたあとは「今日一番相談したいことはなんですか?」という質問を投げかけます。相談内容をひとつに絞り、そのことを一緒に考えるということを心がけています。ホットラインの役割は、相手に自分自身の状況を把握してもらい、助けになる情報を提供するということだと思っています。そして相談者自身が納得して、今後何をやっていくかを決めていく手助けになれればいい。積み残したことに関しては、他の継続的な相談ができる機関を紹介したり、またホットラインにお電話くださいと声をかけるようにしています。
―労働の問題は、家族のことなど他の問題とも複雑に絡んでくると思うので、ひとつに絞るというアプローチは整理をつけるためにも有効なように感じます。
そうですね。ただ、慣れるまでは「ひとつに絞ってみませんか」と提案することに躊躇していました。そもそもホットラインにかけてくる人たちは相談をひとつに絞れるくらい準備ができているのだろうかと。しかし、相手に十分に語ってもらった後だと、納得してひとつに絞ってもらえるということが、最近分かってきました。
また、以前は一生懸命に話を聞くことで、自分も相手と一緒になってしまって訳が分からなくなってしまっていました。電話相談の中で、こちらの気持ちが、自然と声の調子やトーンで表現されることをよしとしていたんです。相手の感情に巻き込まれなければ、声が多少揺れたり、感情が入ったりしても人間味があっていいんじゃない、と。でも最近は、私が熱くなってしまったり、どうにかしなきゃと思うことは、あまり役に立たないと思うようになりました。暖かく話を聞くのと同時に、焦らないで落ち着いて対応することが重要だと思うようになりました。とはいえ、相手の立場に立って想像力を働かせることと同時に、第三者として自分の立ち位置も確保していくというのは、なかなか難しいことでもあります。
ACW2ではサポートハウスじょむと共催で相談員トレーニングを行っているのですが、じょむの髙山直子さんから聞いたお話は大きなヒントになっています。髙山さんから、「相手こそがその問題の専門家であって、誰も相手以上に何かを提案することはできない。相手が問題を最も理解していて、こちらが指示する必要もないし、できない」ということを教わりました。相談者が考える力も失っていて、パニックになっているときは、話を聞いている側の方が問題が見えているような気になりがち。でも、そこで何かを提案しても相手に入っていかないんですよね。これも髙山さんの言葉ですが、「重要なのは、相談者が自分自身を責めていた状況から、『自分はこれでいいんだ』と思えるようになることを第一に考ええること。それさえ忘れずに対応すれば、どの対応が正しくて、どれが間違っているということはない」と思えるようになりました。
電話相談をしていて思うのは、ひどいハラスメントを受けたりして疲弊してしまい、自信を失っている方が多いということです。そういうときは、時間をかけて、元々その人が持っていたであろう、自分で自分を大切にする力を取り戻してもらうことを心がけています。
―電話相談のなかで、自分で選んでいく体験を少しずつやっていくということは、次につながるのではないかと思います。
そうですね。「今日の相談はこれ」とひとつに絞って、納得できることがひとつずつ積み重なっていくことが大切なんじゃないかと思います。明るい道が見えない中で、とりあえず今日明日どうやって生き延びていくかを考え、そしてそのうち悩みや問題以外のことにも気持ちが向くようになってもらえればいいですね。
■個々への対応と、社会への働きかけの両輪を大切に
―「誰かが指示をしたりするのではなく、一人ひとりの選択する力を大切にする」ということは、ACW2の組織のあり方としても大切にしていることだそうですね。
目指しているのは、時間をかけて話をして、合意を作っていくことです。誰かが容易にまとめて片付けるという形ではなく、自分たちの感覚を大事にしながら社会的な働きかけをつくっていくにはどうすればいいのかということを模索しているところです。ホットラインの役割は、相手の状況を把握し助けになる情報を提供することであって、あくまでも個々人への対応です。そこで、集めたデータを報告書としてまとめ、ロビイングをしたり、審議会に資料を持っていくという活動などもしています。もうちょっと周囲の場や機関に働きかけることで、どこかが動いたり変わったりしていくといいなと思っています。
「働く女性の全国センター長期ビジョン―100年を見通して」という新しいビジョンが今年の総会で提案され決定しました。ビジョン案作成の過程で、労働基準法と労働組合法だけでよかったのにね、という話になりました。これらの法律が徹底されないまま、問題を新たな法律でどうにかしようという流れに流されてしまっているけれど、骨抜きにされているこの労働法と憲法の基本をちゃんと徹底させたいと改めて思っているところです。
―最後に、これから社会に出る学生など、ニューズレター、CGS Onlineの読者へのメッセージをお願いします。
職場ではない別のところに、自分の良さを確認できたり、よりどころになるような場をつくっておくことが必要だと思います。仕事一旦脇に置いて気持ちを切り替えられる場、身体をリフレッシュする方法を持っているといいかもしれないですね。それから、自分の思ったことを遠慮なく話せる友人がいればいいな、と思います。それが難しい場合は、どうぞホットラインに電話をかけてきてください。
2007年に設立されたACW2は、女性労働をめぐるあらゆる問題に取り組むネットワークだ。その取り組みのひとつとして、設立当初から無料のホットラインを開設している。ホットラインは、毎月0と5のつく日に開設している(平日18時~21時、土日祝14時~17時)。また新たな取り組みとして、継続的に相談を受けられる電話相談(有料)も始まっている。http://wwt.acw2.org/