構成:CGS事務局長 加藤悠二
【CGS Newsletter017掲載記事/特集「ICUにおけるジェンダー・セクシュアリティ対応」】
2012年に授乳室ができて以降、学内保育施設を待ち望む声が、CGSには以前より集まるようになってきました。大学での子育てについて、学務副学長の森本あんり先生(以下「森本」)と、CGSセンター長の生駒夏美(以下「生駒」)の対談の模様をお届けします。
生駒:まず、授乳室とおむつ交換台を、設置して頂いて、本当にありがとうございました。現在も学部生の女性が赤ちゃん連れで学校に通っています。授乳室がなかったら大学に来られなくなってしまう学生さんも多いので... 本当に、あるとないとでは雲泥の差なんですよ。
森本:僕が設置したわけではないですが(笑)、そうなんですか。授乳室のほうは、職員で使っている方はいらっしゃいますか?
生駒:私の知っている範囲ではおられないので、もう少し広報をして頂きたいですね。また、学生の方だったら、授業の間だけベビーシッターを探せば済みますが、職員の方はそうはいきません。やはり保育施設が必要、ということになりますよね。
さて、他大では続々と保育施設のある大学が出てきているわけなんですが、森本先生としては、そういった状況をどのようにお考えでしょうか?
森本:今日は大学を代表しての公式発言ではなくて、わたし個人の考えとしてお聞きいただきたいのですが、学生が多様化している現実は、日本だけのものではありません。大学という制度そのものも、それから建物も、「18〜22歳までの未婚・子どもなしの男女だけ」を相手にしている、というわけにはいかないと思いますね。
生駒:日本でこそ、学部卒業後にすぐ大学院に...という方も多いですが、海外では、高校から大学にあがる間もギャップがあったり、学部卒業後に一旦働いて、そして大学院に戻ったりするパターンも多い。その間に家族をもつ場合も多くあると思いますが、ICUではその家族の受け皿が、まだまだ足りないっていう現状がありますよね。
CGSでもRIAとして働いてくれていたICU修士卒の方で、2人子持ちの女性の方がいらしたのですが、育児と学業の両立で大変で疲れてしまって、博士課程にはそのままあがらず、しばらく働いていたんです。けれども、今回奨学金をとって、カナダの大学院に博士過程で入ることにしたんですね。「家族を連れて行っても大丈夫」という制度がきちんと整っていたことも、その大学院を選んだ大きな決め手だったそうです。でも、ICUにも設備があれば、彼女も、ICUの博士課程も候補として考えたと思うんですよね。そう考えると、優秀な人材がどんどん...
森本:教員はみな経験していることですが、留学に行く際も、居住環境、つまり家族寮が準備されているかどうか、は大事な条件ですね。他の環境が同じであれば、やはり家族対応のある大学にいきます。そういうことを考えるとやはり、よい学生を招くにも、家族対応が必要な段階にきていると思います。
実は、ICUでも歴史は長いんです。大学院生向けの家族寮である「シブレーハウス」は1957年にできましたが、当時の日本では考えられない寮だったんですよ。一番先進なところで導入していたわけですが、その後止まってしまうんですね。
我々は「明日の大学」なんだから、他の大学でやられていないとしても、一歩先を進んで、それがモデルになるような大学の作りをしなければならないと思います。他の大学で先に進んでいるのだったらなおのこと、「昨日の大学」になっちゃうといけないですよね。
生駒:しかし、正直申し上げて、そうなりつつあるのが今の状況ですよね。東京大学には7つの保育施設がありますし、早稲田大学や慶応大学、上智大学など、ICUが競争相手と考えている大学の多くに、保育施設が備わっているんです。「あっちにあるのに、こっちにはない」となると、選択肢として非常に不利になると思いますね。
森本:そうなんですか... いずれも大きな大学ですが、それらの大学は、どういう風に運営しているんでしょう?
生駒:教職員がNPOを作る形で運営しているケースもあれば、業者に完全に委託するケースもあり、いろいろあります。
教職員だけが利用できる、というパターンの保育施設もありますが、利用料金がどうしても高めになってしまいますので、実際には使いにくい、という話も聞いたことがあります。ICUで保育施設が実現するならば、学生と院生にも開かれ、かつ、地域にも開かれた保育園となることが望ましいと思います。
森本: ICUのなかに保育施設の需要が何十人もあるのなら、学内だけを対象にしてもいいと思いますが、そこまでの人数はいないでしょう。規模の大きい大学ではできるでしょうけれども、ICUはそうではない。そうなると我々は経営上の問題、経済的リスクを考えざるを得ないわけですね。現実的に考えると、外にも開かれているほうがいいですし、ICUの社会的使命としてもプラスになると思います。
生駒:三鷹市では、事業所向けの補助制度が近々始まるという話がありますので、そういう意味で非常にチャンスではないかと思います。地域の補助金があれば、大学の負担も、利用者の負担も減らせるはずですので、うまくいくといいですよね。
森本:先日生駒先生から三鷹市の補助制度を踏まえた報告書をいただきましたが、今あれを学長と事務局長とシェアしたうえで、今後の方針を考えたいと思っているところです。
その報告書に載っていた、利用者数が70名の場合の試算を見た限りでは、約1,000万円の負担が毎年必要、ということでしたね。財政難のなかでこれだけの支出をするのは覚悟がいります。経営的な判断や理事会の判断も踏まえたうえで、それでもなお、我々は保育施設を作るべきだ、ということが判断できれば、それはそちらの方向に進められると思います。
あと、現実的には、例えば建物の準備なども含めて、運営方法だけではない準備段階のことも考えないといけません。
生駒:そうですね。建物といえば、ICU幼児園の閉園が決まっているわけですが、幼児園の建物・ハーパーホールはその後、どうなりそうなんですか?
森本:それは僕もよく分からないんです、実は(笑)。ICU幼児園はICU教会が運営している団体ですので、教会のイニシアチブを頭越しに大学側が決定することはできません。教会のほうでは、閉園に向けての準備を進める方針は固まっていますが、その後のことは決まっていないようです。
幼児園の建物自体は閉園後も残るようですが、耐震性などを考えると、現在の状況のまま、保育施設に移行することはできません。ですので、ランニングコストの問題とはまた別ですが、建設関係での支出、改修費用は必要になります。
生駒:そうですね。しかし、立地条件で考えると、いまの幼児園の場所は適切だと思えますよね。
森本:僕もいいと思います。地域に開かれた保育施設にする場合、子どもの送迎が必要になるわけですが、大学の奥まった場所にあるのでは、やはりまずい。裏門を改修して、車寄せがあって子どものドロップオフができて... といったような機能ができたらいいと思います。
生駒:キャンパス・ハウジングのコミッティ内でも、「学内のハウジングエリアに保育施設を作って欲しい」という意見が、はっきりと提示されていました。地域の方々だけでなく、学内にお住まいの教職員の方も、保育施設が必要だと思ってらっしゃるんです。現状では皆さん、学外の保育施設に預けていらっしゃいますので、自転車とかで送迎に行っておられますが、学内にあるのとないのとでは...
森本:その差は大きいと思いますね。安心感もあるでしょうし、利用するなら学生としても教職員としても、キャンパス内にあればいいですね。端の方にあるので時間は少しかかってしまいますけれども、徒歩や自転車ですぐ行けるところに子どもがいて、熱が出たり心配なことがあったりしたら、すぐに駆けつけられる。5分以内に行けるところに保育施設がある、というのは、大きな安心材料になると思います。授業の合間とかに行けるとかね、本当にいいと思いますね。
生駒:2014年の春に着任されたある教員も、やはり、「キャンパス内に保育施設はないのか」というお話をされていて、「あったら理想ですよね」とおっしゃっていました。
また、何年か前に教員の採用候補として挙がっていた女性の研究者の方から、「ICUには託児施設はないのか」と問い合わせがあった際、「残念ながらないんです」とお答えしたところ、採用をお断りになられたという件があったんですね。ICUに保育施設があれば、優秀な研究者の方をリクルートできたのに...という、典型例だと思います。
教員だけでなく、職員の方にとっても、大きな意味のある施設になると思うんですね。今も産休・育休を取得されている職員の方が何人もいらっしゃいますが、皆さん復帰が遅れがちというか、延長なさっている方が少なくないように見受けられるのですが...
森本:おっしゃるとおりです。それぞれのコミュニティでの保育所が見つからず、育休を延長する、ということが多々あります。産休・育休の取得率が高いという意味では、ICUの職場環境は模範的だと思いますが、反面、運用側の人繰りとしては非常に辛い面もあります。だからもし、学内に保育施設があって、そういう方々が早く復帰できるのならば、これは全体的な事務能力にもプラスになると思いますね。
生駒:本当にそうだと思いますね。恐らく、産休を取得されている方も、復帰したい気持ちはすごくあると思うんですね。
森本:そういう方々ばかりですし、世代的にも能力の高い方が多いです。
生駒:でも、復帰が遅れれば遅れるほど、仕事の勘を取り戻すのにも時間がかかってしまいます。そういう方々にとっては、学内に保育施設があれば、本当に、天国のような話だと思いますね。今は保育施設の待機児童数も、本当に多いので。
森本:三鷹市は待機児童が多いうえに保育施設もない、と生駒先生の報告書にも書かれていましたね。ただ、現三鷹市長の清原市長は、積極的に保育施設増設を考えていらっしゃるようです。報告書では、ルーテル大学・東京神学大学・三鷹天文台など、他の事業所にも開かれたかたちの保育施設をご提案頂いていましたが、清原市長も、それがICUにできたらいいな、と思ってらっしゃると思います。元々、ルーテルの先生でもあった方ですしね。上手に他の事業所とも中継ぎをして頂いて、志のある市長の任期中に前進させたいなと思っています。
生駒:三鷹天文台の方は、もともと託児所を作りたいというお気持ち強くて、三鷹市の方に相談にいらしたこともあるそうなんですね。だから、ICUが一緒にやろう、となったら、非常に喜ばれるんじゃないかと思います。
さて、保育施設はもちろん重要なのですが、もうひとつ、CGSからご提案させて頂きたいのは、学部生・大学院生の育休制度です。在学中に出産をする方は実際いらっしゃるわけですが、「休学をしなければならないこと」、そして、「休学費用がかかってしまうこと」が大きな悩みの種になっています。ただでさえ出産・子育てにはお金がかかるのに、学生はそもそもお金がないわけですよね。そういった経済状況のなかで、休学費用は非常に負担になってしまいます。せめて、育休・産休のようなかたちで、その期間は休学費を払わなくてもいい制度があれば、非常に助かるという声があがってきているんです。
森本:その声は、しっかりと受け止めました。休学費用に関しては、類似のコメントが別の背景のところからもきています。例えば、大学院博士課程後期でのCandidacyが終わった際の休学ですとか、私費留学に出たいという方ですとかからも、似たような内容の提案が挙がってきているんですね。ですので、包括的に、休学制度の再考というものが迫られている、というように認識しています。私個人の意見としては、アメリカでいうところのcontinuation feeの考え方で、つまり、極力抑えた金額を支払って頂くことで、退学ではなく、学生の身分を維持できるかたちがいいのでは、と思っています。
生駒:それはいいですね。ぜひ実現してください。
森本:早めにしないといけなませんね。いつまでも待っているようなことじゃないと思いますし、賛成もあると思います。他の面でもぜひ、継続的に声をあげてください。
生駒:また、ちょっと違った視点の話なのですが、近年、学生が育児や保育にあんまり興味がないというか、遠いところに置かれている学生が非常に増えているように思います。つまりどういうことか言いますと、きょうだいがいなくて、赤ん坊にさわったことがない学生というのが非常に増えてきているように思うんです。
今度、学生さんたちが正式なサークルとして「大学での育児を考える会」を立ち上げようとしていて、私は顧問になる予定なんですが、そのサークルでベビーシッターのボランティアを募集しても、応募してくれる方が少ないそうなんです。そのこと自体、少子化社会のひとつの症状なんじゃないかと、私は思っているんですが... 子どもに対する優しいまなざしというか、みんなで育てる、みたいな意識があまりないように感じるんです。
ところが、実際にICUで在学中に子どもを連れてきている学生さんがいるとですね、その学生さんの周りは赤ん坊というものを見るわけですよ。それで非常に興味を持つようになって、子育てを手伝うようになっていって、すごくいい効果が生まれてきていると思うんですよね。
だから、友だちの子ども、というほど近くはないとしても、「キャンパス内に保育施設がある」ということ自体に、教育的な効果があると思っているんです。
森本:ICU幼児園にも、そういう機能があったと思いますね。実際、教育学の発達心理専攻の学生たちが、子ども達の様子を見たいっていって、年に何度か来ています。そういう教育効果があるということは、理解できますね。
生駒:今後もし保育施設ができたとしたら、学生さんとの交流というのも、やっていけたらいいなと思います。
森本:あの... ぜひ、カットしないで使ってもらいたい、いい話があるんですよ。今、思い出した話なんですけど(笑)去年だったかな、ある女の子の学生が僕のところにやってきてね、「先生、Sです。覚えてますか?」って言うんです。で、僕はもちろん覚えてなかったんですけど(笑)、続けて、「私、SとNの娘です」って言ったの。
...で、僕はパッと思い出した。20年近く前、僕がICUに着任したばかりの頃、3年生から4年生になる春に、学生同士の間でお子さんが生まれたんです。で、二人ともまだ学業が途中なわけ。男の子の方はまあ、育児に関係が低い分、なんとなく卒業できるだろうけど、女の子はもしかしたらそのまま卒業できないんじゃないだろうか...と思ったわけ。育児がすごく必要な頃に、4年生になっちゃったんだから。その二人は教会にも関わりがあったから、ときどき様子はうかがっていたんだけど、結局お母さんのほうも卒業できたんです。二人は結婚して、男の学生は就職して、一生懸命仕事して、無事に卒業後の後の生活に進んだわけです。
さて20年後。二人が3年生のときに生まれた子どもが、ICU生になって、その子が3年生になったときに、僕の前に現れたの! 二人が卒業できただけじゃなくてさ、ちゃんと子どもが育てられて、その子がICUに入って、僕の前に現れて、「あのときの二人の娘が、私です」って言ったの。...とっても、嬉しかった。あまりにも生活が大変で、卒業すら危ういんじゃないかと思えていたのに。でもそうじゃないです、ちゃんと育てて、ちゃんとICUに入れて。嬉しいでしょう。
生駒:奇跡みたいな話ですねえ。お母さんも、ご苦労なさったでしょうねえ...
森本:ねえ、したと思いますよ、その頃だから施設も何にもなかったわけですから。...だから、こういうこともあるんだな、って思って。きっとご両親も、当時のことを娘さんに話していて、わたしが心配していたことも話してくれていたのでしょうね。
最初にも言いましたが、これからライフサイクルが多様化していきますから、ICUのなかにも子どもがいたり、年配の方がいたり、ハンディキャップをもった方がいたり、そういうのが当然の社会になると思います。それが当然になる、ということは、その方々だけじゃなくて、生駒先生がおっしゃった、赤ちゃんを囲んでいる学生さんたちのように、周りでサポートをする人たちにとっても、プラスのことが多いと思います。それを実現させるためには、一歩一歩の歩みになりますが、でも、その方向に進みましょう。
生駒:そう言って頂けて嬉しいです。ぜひ、よろしくお願いします。