トイレが輝けば、女も輝くのか?:安倍政権下の女性政策の混迷

モンタナ州立大学 社会学・人類学部 准教授、ICU 卒業生(1990):山口智美
【CGS Newsletter018掲載記事】

近年の日本では、女性の活躍を推進し、支援するための政策や法案が多く提出されています。一見したところ歓迎的に思われるこの動きにひそむ陥穽は何か?特定の女性の活躍の背後で取り落とされてしまう存在とは誰なのか?フェミニズムの運動と、日本の政治の動きを注視する山口智美さんに、ご寄稿いただきました。

 安倍晋三は2005年に発足した「自民党過激な性教育・ジェンダーフリー教育調査検討プロジェクトチーム」の座長を務めるなど、2000年代に男女共同参画へのバッシングを推進した人物だ。 だが2012年、首相の座に戻ると、アベノミクスの成長戦略の一環として今度は「女性の活躍」を打ち出した。そして、男女共同参画を批判してきた 右派団体「日本会議」所属の有村治子を女性活躍担当大臣に任命し、同活躍法案も今国会で可決の見通しとなっている。だが同時に、労働者派遣法の改正案は衆院を通過し、一生派遣を強いられる女性がさらに増えることも予想される中、「活躍」できるのは一握りの女性たちだけで、女性間の格差の更なる拡大が危惧されている。

 こうした中で、有村大臣の鳴り物入りの女性活躍推進政策として提案されたのが、「ジャパン・トイレ・チャレンジ」である。「暮らしの質の向上は、快適なトイレから」として「日本トイレ大賞」も創設するという。トイレの充実そのものは悪いことではないが、なぜトイレが中心的政策でなくてはいけないのか、ほかにも解決されるべき、深刻な問題はたくさんあるのではないかと疑問が募る。

 6月24日に今年度の内閣府主催「男女共同参画社会づくりに向けての全国会議」が開催された。テーマは、「地域力×女性力=無限大の未来」。基調講演は「アベノミクスにおける地方創生と女性の活躍」、パネルディスカッション「女性の活躍が地方を元気にする」と、アベノミクスを肯定的に語り、さらなる成功のための女性の起業による経済的な貢献や、 民間による子育て支援策の重要性が紹介されたが、政府や自治体の責務についての言及は弱かった。特性論にとらわれないことを重要視していたはずの「男女共同参画」はいつの間にか、「女性の特性を生かした活躍」として、異なる意味で使われてもいた。

 内閣府の「すべての女性が輝くための社会づくり推進本部」が制作したパンフでは「女性の5つのシチュエーション」として「子育て前 産前産後」「子育て中 子供が乳幼児」「子育て中 子どもが就学中」「ポスママ・先輩ママ」「介護・困難な状況」の5 つだけが書かれている。「 結婚し、子どもを産み育て、介護を担う」以外の女性の人生は想定されていない。「すべての女性が輝く」ことを推奨するにもかかわらず、産まない女性にも関係する女性活躍政策は、トイレしか見当たらない。

 女性政策の枠組みの中で、経済成長戦略、地方創生、少子化対策のための「女性の活躍」が声高に語られる反面、「女性差別撤廃条約」批准以来の本来の目的であるはずの「性差別の撤廃」はほとんど言及されず、本末転倒甚だしい状況になっている。さらに先述の集会で、石破茂地方創生担当大臣は、海上自衛隊では応募者が少ないために女性をいれたら士気が上がったと発言。安保法制をめぐる議論が行われ、戦争できる国づくりに安倍政権が邁進する中での「女性の活躍」とはいったい何なのか、注視していくべきだろう。

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