構成:加藤悠二
【CGS Newsletter019掲載記事】
大学は、学生や教職員が抱えるケア役割に対し、どのようなサポートを望まれているのでしょうか。学長を交え座談会を開催しました。 参加者(ABC順、敬称略):フリアナ・ブリティカ(ICU博士課程後期)、日比谷潤子(ICU学長)、生駒夏美(CGSセンター長)、加藤悠二(CGS嘱託職員)、高松香奈(CGS運営委員)、松﨑実穂(CGS助手)
ケア役割を担う学生
日比谷:2015年度に、従来学費の1/3 徴収してきた休学費を、各学期3 万円の在籍料へ見直しました。見直しの背景には「病状の完治前に無理して復学した学生が、さらに悪化させ退学するケース」や「交換留学制度によらない海外留学」等が念頭でしたが、育児や介護など、休学する事情を問わず学修や研究を続けやすい仕組みになったと思います。
育児に関しては、学内にいずれ設置したい託児施設が学修支援になりえますが、介護や看病などのケアを担う学生への大学における支援は、具体的にどう考えられるでしょうか。
松﨑:大学全体での理解促進に加え、学生が話せる・相談できる環境が必要です。介護を担う学生の姿は見えづらく、説明も大変なので誰かに話すことも殆どない。最初は授業を少し休む程度でも、病状の進行次第でケア役割は重くなり、抜けられなくなります。
仮に在学中は介護と学業が両立できても、仕事との両立は難しい。ケア役割を担う学生も、学費や修業年限の問題などをクリアしながら単位を取得し、卒業後のキャリアも考えられる環境が必要です。また、誰にも話さず介護してきた学生が就職相談もしない可能性は、十分考えられます。直接支援が無理でも、外部団体等を紹介できるようにはなっていて欲しいです。
日比谷:就職相談グループには改めて、そのような状況にある学生がいることを十分に理解してもらう必要がありますね。このようなケースがあることを、もっと共有したいです。
生駒:「誰かに話してわかってもらえるだけでも、サポートになり得る」けれども、今の大学には話ができる環境さえない。妊娠・出産も同じで、大学の無理解から当事者学生が孤立しています。
妊娠・出産をめぐって
ブリティカ:私は博士後期課程在籍中で、2015年12月に娘が生まれました。ICUでは授乳室やカウンセリングサービスなども使ってきましたが、指導教官以外にはなかなか相談できない雰囲気があります。出産予定日と重なった履修登録を遅らせる申込書の理由欄を「出産のため」としたら、窓口で「研究のため」と直すよう言われました。「普通の・理想的な学生は出産していない人だ」と言われたように感じました。私は、ペースは遅くなっているかもしれないけれど、研究をやめてはいない。どんな学生でも「今は研究できない」という状況はあるはずです。
生駒:「学生が妊娠・出産することがある」と大学で共有されていないのが問題ですね。
高松:別の留学生の大学院生は、出産に伴う早期帰国とネット会議による論文審査を希望しましたが、認められませんでした。審査を前倒しで受けて帰国できましたが、〆切が短くなる不利益が生じています。
日比谷:ICUに新しく導入されたウェブ会議システムは、どちらのケースにも役に立てられそうですね。今後より柔軟な制度運用ができるよう、検討していきます。
高松:他に、奨学金が打ち切られそうになったケースもあります。奨学金支給団体の多くは、大学の意向や現在の在り方に沿って支給方法をデザインしているので、多くの大学が学生のケア役割を認識するようになれば、奨学金の在り方も変化していくかと思います。
生駒:ジェンダー・セクシュアリティや国籍のほかにも、年齢のダイバーシティも考える必要がある、ということですね。
高松:2008年のOECDのデータでは、「国籍の多様化」「年齢の多様化」を大学の国際的動向として挙げています。育児や介護など、学生が担うケア役割への認識が、やはり必要不可欠です。
日比谷:日本は2009 年度に大学進学率50%を達成しましたが、それ以降は頭打ちです。「年齢の多様化」を実現できれば、大学はだいぶ変わるでしょうね。
保育園の問題
高松:日本の保育園不足は、諸外国からは理解し難いまでに困難な状況です。数年内に研究滞在を考えているタイの高等教育機関からは「子連れで問題ない」「大学内の保育所や住宅が利用できる」というありがたい回答に加え、「日本での子育ては大変だそうだね」と、励ましも頂きました。海外でも日本の保育園問題は話題になっているようです。
日比谷:海外から日本に来る場合、文化差が厳しいでしょうね。
生駒:ICUの教員でも、両親ともにフルタイム勤務でも保育園を全て落選した方がいます。学内在住で職場と住居が近くても、パートナーの方と交代でのやりくりはとても大変だそうです。
高松:私も保育園は落選しました。教職員は大変でも金銭面の負担を大きくすれば、保育園以外に預ける道がないわけではない。深刻なのは学生で、金銭的負担は容易には増やせない。学生は保育園の優先度が低くされがちなうえに、子連れ入居不可の寮も多い。だからこそ、日本の高等教育機関では保育施設の充実が不可欠です。
ブリティカ:私も保育園の一次申請は落選し、結果を知った翌日に区役所で涙ながらに「外国人で日本に頼れる家族がいない」「保育園の点数制度も難しいし、日本語で書類を書くのも大変」など訴えたところ、共感した担当者が色々教えてくれました。新しい申込書には指導教官の署名と手紙も必要でしたが、日曜の夜にも関わらず自宅に招いて署名してくれました。今はそのおかげで短時間保育ですが、子どもを預けられています。
生駒:フリアナさんは幸運でしたが、個別対応の結果でしかない危うさがあります。ネパールからパートナーと共に留学中の大学院生は、ICUには子連れで入れる寮も託児施設もないため、お子さんを実家に預けてきたそうです。やはり学内の寮と保育施設の整備が必要でしょう。
「LGBT」の視点から
加藤:今後、同性パートナーと子どもを伴うケースもあるかと思います。教員には教員住宅がありますが、学生の既婚者が入寮できるシブレーハウスは、男性カップルの入居可否は非常に曖昧です。仮に男性同士がOKでも、子連れは入居できませんよね。
日比谷: ダイアログハウスの研究者寮では、お子さんや同性パートナーを帯同されたケースも実際あり、問題なく受け入れられる体制です。現在建設中の新しい学生寮でも、LGBTへの配慮をするつもりでいます。
生駒:一部報道で「新々寮にLGBT 対応フロアができる」と言われていましたが、本当なんでしょうか?
日比谷:取材には性別区分のない新フロアを設ける」「新フロアは誰でも受け入れる。当然LGBTフレンドリーでもある」と回答しました。「LGBTフロア」という言葉は使いませんでした。
生駒:「LGBTフロア」という呼称は、かえって差別の強化やLGBT当事者の利用しづらさにつながる危険性もあるので、よかったです。
加藤:トランスジェンダー学生の学籍簿対応や、pGSSやCGSの存在から入学・転編入を志望した学生さんは、毎年必ずいます。でもその方々こそが、この大学で差別に遭い、失望している。今もこれまでも「ICUはLGBTの学生・教職員の人権を、大学として無視してきた」という現実を反省していくべきではないでしょうか。
生駒:大学全体で、ダイバーシティ対応をもっと色々な側面からしていくべきですね。ぜひ、前向きに、なるべく早く、ご検討頂ければ、と思っています。
日比谷:時期を明言はできませんが、託児施設は実現させたいです。
生駒:本日はありがとうございました。