ワシントン大学大学院社会学研究科博士後期課程、ICU卒業生(ID 13):平森大規
【CGS Newsletter019掲載記事】
性的マイノリティに関する経験的研究では、質的調査法が多用される傾向にあるなか、近年、当事者団体による各種実態調査や研究者による学術調査、広告代理店によるマーケティング調査など、計量調査が増加しつつあります。NPO法人虹色ダイバーシティとの共同研究の分析担当者である平森大規さんに、ご自身の経験を踏まえつつ、ジェンダー・セクシュアリティの分野において計量研究を行う意義や、性的マイノリティに関する統計データの読み解き方をうかがいました。
虹色ダイバーシティが2013 年に「LGBTに関する職場環境アンケート」を開始した理由には、LGBT 施策の推進にあたって企業や行政などから性的マイノリティの困難・ニーズに関する統計データを求められてきた経緯がある。このように計量調査法を用いる意義として、ジェンダー・セクシュアリティに関する不平等の構造や傾向を数字の形で表せるという点が挙げられる。性的マイノリティにとって差別的な現状を変えるための手段として、質的データなどとともに統計データを蓄積していくことがいかに重要であるかが分かるだろう。
しばしば「計量分析や数字で表わされるデータは中立的・客観的である」と思われがちであり、政策決定に採用される理由にもなっているが、本当に中立的なのは統計分析の部分のみである(誰がカイ二乗検定を行っても結果は同じになる)。実際のところ、計量研究を行う意義は、分析手続きの妥当性を第三者が検証できる点にある。「調査対象者やその抽出方法」「調査票における質問文の言い回し」「用いる分析手法の選択」など、研究者の主観的要素が研究過程のどこに入り込んでいるかを比較的明確に示すことが可能だからだ。
このように考えると、「計量研究は自らを中立的だとみなしており、計量研究によって客観的知識を発見できると捉えている」というフェミニズム・クィア研究者からの批判はそれほど当てはまらないことが分かる。「数字は嘘をつく」ということを一番よく知っているのは、日々、計量分析を行うなかで主観的選択をしている計量研究者なのかもしれない。
もちろん、計量研究者はフェミニズム・クィア研究者からの「自らの研究過程そのものが男女二元論や異性愛規範などを前提とし、社会の差別構造を反映している可能性を充分に考慮していない」「ジェンダー・セクシュアリティのカテゴリーを本質化し、ただの変数としてしか捉えていない」「カテゴリー内部の差異を不可視化している」などといった計量研究への重要な批判を真摯に受け止める必要があるだろう。しかしながら同時に、フェミニズム・クィア研究者も計量調査法の利用可能性についてさらに議論を重ねるべきである。
それでは、私たちは近年増えつつある性的マイノリティに関する統計データをどう読み解いていけばよいのだろうか。私見では、性的マイノリティに関するものを含めた計量調査一般に関する統計リテラシーを身につけることが重要だと考えている。新聞やテレビ、インターネットなどで統計データが紹介された際にも、「誰が何の目的で行った調査なのか」「質問の選択肢は適切か」「分析結果の解釈は妥当か」など、調査結果を批判的な観点から考察すべきだろう。これらを踏まえると、今後性的マイノリティに関する統計データを蓄積していく上で、調査の詳細やデータそのもの(個人を特定できる情報を除いたもの)についても可能な限り公開し、誰でも分析の妥当性を検証できるようにすることが望ましいと考えられる。