NPO 法人ピアフレンズ:佐藤太郎
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2010 年5 月17 日(月)から21 日(金)まで「セクシュアル・マイノリティを正しく理解する週間」が開催されました。期間中は、専用の電話相談ホットラインが設けられるとともに、福島みずほ内閣府特命担当大臣(男女共同参画・青少年育成・自殺対策担当)も参加するシンポジウムも行われました。本稿では、セクシュアル・マイノリティの人権問題に取り組むNPO、ピアフレンズの佐藤太郎さんに実現までの歩みについて報告していただきます。
CGS 編集委員会
「『セクシュアル・マイノリティ』を正しく理解する週間」、このネーミングが、各方面から批判を受け、議論を呼び起こしたことを、私は承知している[1]。この週間の中身それ自体もやはり批判を受けていたことも、知らないわけではない。かく言う、私自身、当初はこのイベントに対して反対だった。しかし、途中から考えを改め、結果としてこの「週間」の実現に関わった。これには、大きくふたつの理由がある。まずひとつは、北は北海道から、南は沖縄まで、40近い当事者団体が、この「週間」に賛同したことである。これは画期的なことであり、多くの当事者が望んだ「週間」であると考えることができる。そしてもう一つは、私の知る限りでは日本で初めて、内閣府と法務省が、人権あるいは反差別という観点から、この「週間」に「後援」を出したということである。これまでは厚生労働省がHIVの予防啓発などの枠で「後援」を出していたが、人権や差別の問題という側面から「後援」を出したのは今回が初めてであろう。
では、なぜこのような日本政府の方針が出てきたのだろうか。その背景を本稿では記していきたい。本稿は、「週間」に象徴される「成果」へと繋がる運動が、どのようなものであったかを、記すものである。
昨年、ひとつ変動が起きた。政権交代である。これが日本政府のセクシュアル・マイノリティに関する施策推進の大きな動因であったことは間違いない。これにより、多くのこの問題に理解ある議員が、政府や与党の要職に就くこととなった。このチャンスをより効果的に、より大きな実積に繋げることができたのは、超党派の野党(後に与党となる)議員が、政権交代前に、セクシュアル・マイノリティに関する勉強会、「世界の同性愛者に関する制度の超党派勉強会」を開催していたことが挙げられる。これは、今回の「週間」の実現に大きく関わっているのである。「世界の同性愛者に関する制度の超党派勉強会」では、国会図書館の調査員が、毎回一カ国ずつ、その国の同性愛者を中心としたセクシュアル・マイノリティに関する法制度や教育施策を整備しているのかを調査し、超党派の議員や議員秘書、あるいはNPO・NGOに対して報告し、参加者同士で意見を交換していた[2]。2008年の夏から行われたこの試みの目的は大きくみっつあった。ひとつは、この問題に関して、深く理解し、取り組んでくれるコアな議員を固めること。さらに、NPO・NGOとの連携体制を作ること。最後に、この問題に関して十分な情報を持っていなかった国会図書館にも、調査を通じて知見を蓄積してもらうことである。
この勉強会には、福島みずほ氏(社民党党首・参議院議員)、松浦大悟氏(民主党・参議院議員)などの国会議員あるいは議員代理として議員秘書が参加していた。勉強会は、単に各国の状況について学ぶだけでなく、政権交代前から省庁との交渉なども折に触れて行っていた。海外での同性婚に必要な「独身証明書」を日本政府に発行するようにさせたことは、その主な実積として挙げることができるだろう[3]。こうして勉強会を通じて積み重ねた参加者間、あるいは参加者と担当省庁との関係は、政権交代によって関連施策を実行可能とする有機的な体制を形作ることになる。例えば、福島みずほ氏は、内閣府特命担当大臣に就任し、少子化・男女共同参画あるいは青少年育成などの共生政策を担当することとなっていた。つまり、この問題に大きく関与できる権限を得ることになったのである。他の参加議員や秘書も、民主党の中枢の役職を得たり、関係省庁の政務三役の秘書となるなどしていった。このように、それぞれがセクシュアル・マイノリティに関する有効な施策を決定する権限を持っていったのである。
特に福島大臣は、政権交代直後から、何らかの形でセクシュアル・マイノリティに関する施策を進めようと考えていた。そこで福島大臣は、前述の勉強会で事務局をしていた私や、石川大我氏(ピアフレンズ代表)に対して、彼女が所管する共生政策のなかで、セクシュアル・マイノリティに関して何ができるかを官僚と一緒に考えてほしい、と打診してきた。そして、この問題と関わりのある部署の課長・参事官クラスと私たちが意見交換を行う機会を設けたのである。
これを受け、石川大我氏は、様々な社会問題や差別に関する問題を啓発する「週間」に注目した。たとえば「ハンセン病を正しく理解する週間」といった企画を日本政府はこれまで主催、後援してきた。セクシュアル・マイノリティに関しても、このような啓発週間を実現できないかと考えたのである。
そこで石川氏は、前述した意見交換の場で、「週間」の「後援」の要請を行った。すると、内閣府側は「人権問題の所管は法務省なのだから、法務省が初めに「後援」を出すのが筋。」と解答し、まずは法務省からあたるべきであるとの見解を示した。そこで、今度は社民党の服部良一議員の森原秀樹秘書を通じて法務省に要請を行ったところ、「持ち帰り検討する」との回答がなされた。しかし、その後中々返答が来ない状態が続いた。
この返答を待つ時点で、石川氏らは当事者団体への「週間」賛同の呼びかけを行っていた。各団体の賛同は続々と集まり、当初「週間」に対して懐疑的あった私も、その幅広い賛同の集まり具合から、実現するべきだという方向に傾いていた。そこで意を決した私と石川氏は、それぞれ個別に松浦議員に政府の後援について相談をした。すると、松浦議員の取り計らいで、前述の勉強会に参加していた別の民主党議員を通じて、民主党幹事長室から法務省・内閣府双方に要請を出す、という異例の対応をとらせることに成功したのである。これに私たちは、深く驚嘆しするとともに両府省の「後援」による「週間」実現は間違いないという確信を持った。
しかしこれでも、法務省、内閣府ともに動かなかった。聞くところによれば、法務省のある部署は賛成だったが、別の部署が反対、内閣府でも同様に部署間で温度差があり、「後援」を出すことのできない状況が続いていたとのことである。この事態を憂慮した福島大臣が、反対していた内閣府の官僚を再三に渡って呼びだし、「後援」を出すよう説得を繰り返していった。幾度目かの説得で、ついに官僚が折れ、異例ながら直接の所管ではない内閣府先行で「後援」を出すことが決定するのである。これが、「内閣府子ども若者・子育て施策総合推進室」からの後援である。残念ながら内閣府全体ではなく、「局」相当からの後援だったが、これを受け法務省もすぐに、それに見合う形での後援、つまり「法務省人権擁護局」という「局」レベルでの後援を出すことになった。
このように、実に異例づくめの紆余曲折を経て「人権」問題としての「後援」が出ることとなったのが、今回の「週間」である。官庁は基本的に前例を尊重にすることから、来年以降もこの「後援」は出ることであろう。これをもって「週間」は実現、一定の成功を見ることになるのである。
しかし、この「週間」が終わるや否や、日本政府のセクシュアル・マイノリティに関する施策は、早くも頓挫しかけている。これは、この分野の施策推進において大きな役割を担ってきた福島大臣が、沖縄の米軍基地問題に関連して罷免され、彼女が党首を務める社民党が連立を離脱するという事態になったからである。この余波によって内閣は総辞職、首班指名を経た新しい内閣となる。福島氏の後任となる少子化・男女共同参画担当大臣は、保守色の強いとされる玄葉光一郎氏となった。今までの取組みや発言から推測するに、玄葉大臣にセクシュアル・マイノリティに関連する施策の推進を期待をすることは難しく、むしろその後退を懸念せざるを得ない。
事実、筆者は福島大臣主導のもと2010年6月に「子ども・若者ビジョン」が発表されると聞いていたが、7月上旬時点では何も動きはない[4]。このビジョンには、中間整理において、セクシュアル・マイノリティについての記述が話題となった第三次男女共同参画基本計画よりも、より進んだ内容が書き込まれていると聞いていただけに、落胆せざるを得ない。また、その第三次男女共同参画基本計画ですらも、新しい大臣の下では、12月の正式な策定においてどのような内容となるのか、先行き不透明な状況である。ただ、「基本計画」の中のセクシュアル・マイノリティに関する記載は、あるNGOからの働きかけに、民主党の男女共同参画推進会議が呼応し、内閣府に要請を行った上での記載であるとも聞いている。そのため、そう簡単に覆すことはできないかもしれない。
セクシュアル・マイノリティの人権問題は、日本の政治において、揺り戻しはあるものの、一定程度認知され、ひとつの政策課題として位置づけられだしている。
今後この問題に関する施策を進めるにあたっては、国会議員へのより一層の働きかけが必要になってくるだろう。その際、「深さ」と「広さ」が必要だと私は述べておきたい。「広さ」とは、この問題に関する関心を、自民党のような保守政党の議員にも持ってもらうことを指している。性同一性障害の特例法のように、関連する法律を作るためには広範な支持、同意が必要である。そのためには、この問題についての理解をさまざまな議員から得ることが必要である。
同時に私は、「広さ」だけを意識するのではなく「深さ」も確保する重要性を強調しておきたい。福島氏や松浦氏のように、自らの議員活動の時間を、積極的に割いてくれる議員は、今回の「週間」の例で見るように、セクシュアル・マイノリティの人権施策を遂行するうえで必ず必要となる。そして、こうした積極的な議員というのは他の様々な社会的、政策的問題においてもそう多くはいない。しかし、国会議員が積極的に働きかけなければ政府が動くことはほとんどないのだ。福島氏が政権にいない今、政府・民主党内においてこの問題への深い理解を持ち、積極的に行動する議員の重要性が増しているといえよう。
[1] 『「セクシュアル・マイノリティ」を正しく理解する週間』という名称は「何をもって正しく理解したと判断するのか」、「だれがそのような判断をくだすのか」といった批判が寄せられていた。インターネット上での議論の一部が以下でまとめられている。
http://togetter.com/li/19629
[2] 日本の国会図書館は資料収集や貸し出しのみならず、国会議員の立法業務を補佐するため調査や関連する資料等の収集・提供を行っている。
[3] 日本国籍保持者が日本以外の国の方式にのっとって婚姻関係を結ぶ場合、当人が日本の法律においても婚姻要件を備えていることを証明するために、日本政府や地方自治体が発行する「婚姻関係具備証明書」を現地政府などに提出する必要がある。法務省は2002年に全国の市区町村に対し、婚姻要件具備証明書の申請書類に、「申請者本人の性別」と「結婚する相手の性別」を記入する欄を設けさせ、外国で同性との結婚を予定している申請者に対しては、発行を差し止めるようにとの通達を出した。これは同性のパートナーと結婚しようとする申請者に証明書を発行することによって、日本政府が同性婚を認めていると捉えられることを法務省が嫌ったための処置と言われている。
これに対し、「世界の同性愛者に関する制度の超党派勉強会」関係者が交渉したところ、2009年月23日に、法務省より結婚相手の性別記入欄を除き、単に申請者本人が婚姻要件を備えていることのみを証明する「新証明書(独身証明書)」の発行を検討している旨が福島みずほ氏に報告された。このような書類であれば法務省が同性婚について何らかの判断を下していると捉えられずにすむと考えたようである。しかし、2009年4月3日の衆議院法務委員会にて、稲田朋美衆議院議員(自民党)が結果的に「外国法上の同性婚」を認めることとなる「新証明書(独身証明書)」の発行に異議を唱えた。その影響からか、いったん状況は停滞したものの、「新証明書(独身証明書)」発行を開始する方針が2009年9月1日に法務省によって明らかにされた。
[4] その後、7月23日に内閣府子ども・若者育成支援推進本部(本部長・菅直人首相)より『子ども・若者ビジョン』が発表された。セクシュアル・マイノリティについては「外国人等特に配慮が必要な子ども・若者の支援」のひとつとして「性同一性障害者や性的指向を理由として困難な状況に置かれている者等特に配慮が必要な子ども・若者に対する偏見・差別をなくし、理解を深めるための啓発活動を実施します。」との言及がある。このように内閣府が正式に示した政策方針において、『性的指向』についての政策の必要性が明記されたのは初めてである。書きぶりとしてはさりげなくとも、今後の当事者側の働きかけによっては、全国レベルに影響を及ぼす、重大な第一歩となる可能性を秘めた文言である。全文は内閣府のウェブページで確認できる。
http://www8.cao.go.jp/youth/wakugumi.html