日時:2008年11月7日(金)17時〜21時 参加者:18名
報告:井上有子
高山直子氏を講師に迎えての「自己尊重・コミュニケーション・トレーニング」第四回のテーマは「怒りについて」(2008年11月7日)。各ワークショップにはそれぞれ多数の応募があったが、なかでも一番人気だったのが本ワークショップ。約八十名の応募者から抽選で選ばれた十八人は、怒りの構造を理解した上で、ではどう怒りを表現するのか、また向き合うかについて学んだ。
1. 怒りのサイン「怒りの前兆を体のどこで感じるか」
怒りを感じているのは言わば「本人」だけではない。身体もまた敏感に反応している。参加者はまず身体が発する「怒りのサイン」を自分が具体的に、また体のどの部分で感じるのかをワークシートを使って考えた。頭に血が上り、動悸が激しくなる一方、手足の先はすーっと冷えていくのを感じる人。自分が怒っていることを相手にさとられまいと口元がこわばり、体の動きが止まってしまう人。中には怒りのあまり鼻血が出た、めまいがして具合が悪くなったと話す参加者もいた。怒りが身体に及ぼす負担は軽視できない。「怒りのサイン」を察知するのが非常に大切なのは、身体への影響を軽視できないからであり、更には怒りという感情そのものをコントロールするのが大変難しいため、怒ってからでは、自分にもまた他者にもぬぐい去れないような悪影響が及ぼされるからだ。
2. 怒りとは?「ネガティブ?ポジティブ?」
「怒りのサイン」をそれぞれ具体的に確認した参加者は、次に怒りという感情そのものはネガティブなのか、ポジティブなのかについてディスカッションを行った。会場からは半々の反応。怒りという感情がポジティブだと答えた人は、その理由として、状況を改善したいという思いゆえに、また自分を尊重しているからこそ、自分を大切にしてくれない人への怒りが湧く、また理不尽な対応や事柄に対する義憤が湧く、などといった意見が挙げられ、また怒りが困難に立ち向かう契機ともなりうるとの指摘もなされた。一方で怒りはネガティブだと答えた参加者からは、怒りを表現できずにオロオロし、最終的には自分を否定して落ち込んでしまう、またはらわたが煮えくり返るほど怒っているのに、周囲からはおだやかと言われることへの葛藤、怒りと寛容という相矛盾する思いの狭間で悩んでいるなどの発言があった。また怒りから物を投げて壊してしまったり、わざと相手を傷つけるような言葉を吐いてしまったことへの罪悪感から、怒りをネガティブと捉える参加者もいた。
ディスカッションから、怒りという感情そのものがネガティブではないということが明らかになった。嬉しさ、悲しみなどと同様、怒りもまた人間が感じるべき感情の一つとしてある。ネガティブなのは怒りという感情そのものではなく、怒りに伴う行動なのだと高山氏は指摘した。自分や他者を傷つけ、否定しまう言動こそがネガティブなのである。怒りと、怒りに伴う行動を分けて考える。怒りの構造を理解するためには、まず怒りのサインを察知し、次に怒りに付随するネガティブな行動に注目してなくてはいけないことが分かった。
怒ってしまった自分を受け止めるのは難しい。また寛容であることに気をとられ怒らないでいると、自己否定に陥るばかりでなく、他者とも健全なコミュニケーションをとれなくなる危険性があると高山氏は説明した。
3. 怒りは二次的な感情「怒りの仕組みを理解しよう」
怒りに伴うネガティブな行動に気付くために、怒りに先行する感情に注目しなくてはいけないと高山氏は言う。怒りはあくまでも二次的な感情に過ぎない、それに先行する感情が必ずあるはずだとの氏の説明を受けた参加者は、「怒りの漏斗(Anger Funnel)」と名付けられたワークシートを使って、一時的な感情、怒りのサイン、怒りを増大(エスカレート)させる行動、減少(ディスカレート)させる行動について、一連の動きを追いながら学んだ。
一時的感情として挙げられたのは、自分がないがしろにされた切なさ、相手に自分の思いが伝わらない空しさ、プライドを傷つけられた悔しさ、理解してほしいとの願いなど。参加者は一時的な感情を「怒りのサイン」と共に確認することで、それがどう怒りに変容するのかを学んだ。
次に怒りを増大させる行動。暴言を吐く、怒鳴る、物を投げるなどが例として挙げられた。一方、減少させる行動としては、その場を去る、自分のできる仕事を見つけ職場の流れを変える、家族や友人に話す、思いをノートに綴る、相手の言い分を全力で聞くなど。ある人にとって怒りを増大させる行為が、別の人にとっては減少させる行為であるのが興味深い。例えば、怒りを発散することで怒りが増大する人も、減少する人もいることが分かった。
ディスカッションを受け、高山氏からは、できることなら怒りの原因となった人とスペースを共有しないこと、気持ちを落ちつかせるためには立つよりは座ることという具体的なアドバイスがあった。また正当な評価をくだせる人に相談することも効を奏するとのこと。他者に怒りを正当化してもらうと、怒りはおさまりやすいとのお話だった。
更に、怒りの構造を理解することで、自分を知るだけでなく、相手をもより深く理解できるようになるとの説明もあった。怒りの表出には様々なバリエーションがあるが、相手の怒りのサインを察知したら、対処の仕方を考え、実際に行動に移すことで自分を守ることができる。怒りの仕組みを理解することで、自分や他者の怒りを受け止めやすくなる。この心構えを持つか否かは、他者との信頼関係を築く上で大きな分岐点になると感じた。他者との間に怒りを伴う軋轢が生まれた時、怒りにまかせて相手との関係を切り捨ててしまうか。それとも怒りの構造に着目して、この軋轢が相手とのより深い信頼関係を築く契機と捉え、敢えてその怒りの中に留まるか。前者と後者で、展開されるコミュニケーションの間には雲泥の差がある。
ワークショップの最後には先人の「怒り」の哲学が紹介された。仏陀は「怒りを持つということは、まるで熱い炭を握って誰かに投げつけてやりたいような気持ちになることだ。しかし、やけどをするのは自分である」と言っている。またトーマス・ジェファーソンは「どのような状況下でも常に冷静に苛立たずにいること以外に他の人より有利になれることはない」と言った。中でも参加者の共感を得たのは、「あなたが頭にきている一分間の間にあなたは六十秒の幸せを失っている」というラルフ・ウォルド・エマーソンの言葉だった。自分なりの怒りの哲学を書くよう高山氏に促された参加者からは、「(怒りを)うまくデスカレートすればアンチ・エイジング」や、「怒りを理解することで生きやすくなる」、「危ない時にその場を去るのは立派な手段」などのアイデアが出された。
怒りはコントロールできない。怒りのサインを察知して、怒りに先行する一時的な感情を探る。そして怒りを減少させるような対処法を追求する。参加者は怒りの構造についてじっくり考えることで、本企画のそもそもの目的である「自分も他人も否定せず、円滑なコミュニケーションを図るためのスキルを実践的に」身につけたと言える。